ごんぎつね、と言えば50年以上、全ての教科書に載り続ける名作で、教師からの支持も厚いそうです。今後もおそらく載り続けるでしょう。

実は教科書で、同じように載り続けているのは、大きなかぶ位だそうです。


地元愛知の星、新美南吉について熱くなりすぎないように語りたいです。


そもそも関東で、ほらさ、新美南吉だよ、ごんぎつねの!と言っても、反応が薄いことが多いです。

子育てから離れた人にとっては、あーそんな人いたかな、くらい。

ごんぎつね、どんな話だっけ?


まぁ、それはどの作家にも当てはまる、読書あるあるですね。わたしの日常の人間関係には、一年に一冊も読まない人ばかりです。


読者ばなれの最前線?にいるのかしら。


さて、ごんぎつね。


そもそも狐は、稲荷神の使いとして、豊作と結びついた特別な動物でした。ネズミを捕食するというイメージもあります。


同時に、化けて人を騙す、人に憑く、家畜を襲うなどの恐怖の対象でもありました。


時代が進むにつれて、家畜を襲ったりする面が残っていきました。

ごんぎつねの世界ではすでに狐は厄介者です。


そして、栗を届ける様は、人間がかつて勝手に信仰した恵みの役割にも似ていますね。


死後、おそらくごんぎつねは、この村で語り継がれました。もしかしたら石碑が建てられ、信仰されたかもしれません、


それはかつて村が信仰していた恵みの狐とは違うけれど、やはり同じく狐を信仰することになるのです。


狐を信仰するというノスタルジーは今は皆無です。ほとんどの人にとって里や村落など、現代では観光地か昔話でしかありません。しかし、ごんぎつね発表当時は、今よりあったでしょう。

おそらく新美南吉には、それがあった。

新美南吉が通った半田の岩滑八幡社は狐という別の作品の舞台になっています。

境内には稲荷神社もあります。

ごんぎつねも、草稿では岩滑八幡社の境内で語られる伝承という形式でした。


ごんぎつねは、古来から現代に何かを伝え続けるバトンのような作品になっています。


現代風にいえば、伝わるものも受け取るものも人それぞれ。それでよい、ということになりますが。