92のブログ

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昔は、
日本人の常識とか正しい行い、善悪の判断ってのは
親や家族や友人、近所の人達が言うことが
模範であり基準でした。
だから、
「またテレビでバカなことやってるよ!」
って感じで、テレビの中でやってることは
自分達とは違う世界の話だった。

ところが、
今の日本人は
親が仕事で共働きしてたり、
昔ほど離婚がタブーでなくなったために
片親の家庭が増えたりして、
家で家族の会話が無くなっている。
また、
近所づきあいも無くなって
日本人の常識とか正しい行い、善悪の判断、
模範や考え方の基準を家庭内や近所づきあいで
得られることができなくなり、
いつの間にかテレビが模範や基準になった。

昔は、テレビでは必ず
「良い子のみんなはマネしないように」
と前置きしながらも、
とんでもないことをやってました。
例えば、人を叩いたり蹴っ飛ばしたり
芸人を乗せたバスが大爆発の中を走ったり、
獰猛な動物と戦ったり、
命綱なしで高所に立たされたり、
言葉遣いも「デブ」「ブス」「殺す」「死ね」は
当たり前のように言ってました。
こんなセリフ、
最近はもうテレビでは聞かなくなりました。

なぜなら、
テレビはみんなの模範であり基準になったからです。
テレビの普及率が格段に上がり、
視聴者数が激増したため
テレビの影響力が底知れなくなりました。
だから、
テレビで紹介した物や芸能人の行動、流行りを
みんなマネするようになり、
テレビで紹介した店には翌日大行列ができ、
紹介した物は即日完売し、
流行りのギャグは一世を風靡するようになりました。

梅沢富美男が怒ってるのは、
要するに今のテレビマンは、
自分たちが引き起こした多大な影響力の
責任を負いたくないがために
何もしなくなった、ってことだと思う。

良い影響力なら良い。
けど、
悪い影響力になった時、誰がどう責任を取るのか?
「テレビで◯◯が××の頭を叩いてたから、
    自分もマネした」
「みんなで1人をハリセンでめった叩きしてたから
    学校でみんなでマネした」
「テレビでブスって言われてた芸能人に
    そっくりの女子がウチのクラスにもいたから、
    僕もその女子にブスって言った」
「アニメで主人公がお尻丸出しで走ってたから
    自分もマネした」
などなど。
テレビが模範であり思考の基準になった結果、
世間はこうなったワケ。

梅沢富美男の世代になると
テレビ草創期から知ってるが故に
今のテレビのがんじがらめのルールは
歯がゆいんだろう。
けど、
時代は常に変化し、適応する必要がある。
好きなことを発言したけりゃすれば良い。
ただし、
その発言に責任を持てるなら、ね。
自分が冗談半分で発言した言葉を
まんま鵜呑みにした視聴者が
仮にその言葉を信じて何かしらの犯罪に走った時、
責任を取れるのか? どう責任を取るのか?
これが明確になってるなら、
何を発言したって良いと思う。

時代は変わった。
昔はみんなが普段生きてる中で知り得た
当たり前に知っている常識、
「やって良いことと悪いこと」
を今の若い世代は日常生活で知ることができない。
家族やご近所さんとのコミュニケーションが無い。
話したい時に親が家にいない。
相談に乗ってくれる近所のおばさんや
叱ってくれる近所のカミナリオヤジなんて
もういない。

けど、
テレビは電源入れたらいつでも何かがやっている。
スマホでネット検索したら何かしらが出てくる。

日本人の模範や考え方の基準の出どころは
もう昔とは違う。

奥州平泉の中尊寺金色堂を見て来ました。


東京から一ノ関まで新幹線はやぶさで約1時間半。
一ノ関駅で東北本線に乗り換え、
JR平泉駅で降ります。
中尊寺まで行けるバスもあるんだけど
俺の旅はひたすら「歩き」です(笑)
ちなみに、
意外とみんなが利用していたのが
レンタサイクル(自転車)でした。
中尊寺や毛越寺など各観光名所には
必ず駐輪場がありました。

で、徒歩の俺は大通り沿いの
緩い上り坂の歩道を歩くこと約20分。
着きました、中尊寺。
意外と歩きで来てる人も見かけましたよ。
最初に出迎えてくれるのが、武蔵坊弁慶の墓。
けっこうみんな素通り(笑) 
寂しいな、弁慶。
まだ源義経が牛若丸だった頃、
ここ奥州(東北)の森の中で
天狗に鍛えられたと言われている義経。
なので義経は東北に由来があるのは分かりますが
弁慶の墓がここにあるのは何でだろ?
都落ちした義経についてきたのかな?

中尊寺の参道入口。
地図を見ただけじゃ分からない高低差で、
かなり急な坂の参道を約10分くらい
歩かされます。
この坂がマジでキツい。
お年寄りの人達はみんな休憩しながら歩いてました。
これでもか、というくらい続きます。
東屋が見えてくると、
中尊寺までようやく半分くらいでしょうか?
天気にも恵まれ見晴らしは最高。
東屋を過ぎれば、急坂はもうありません。
ダラダラと緩い上り坂に変わります。
この先に、中尊寺の入場券を買う
拝観券発行所や讃衡蔵なんかがある広場に出ます。

拝観券発行所でチケットを買い、
いざ金色堂へ。
ちなみに、
金色堂は外観は撮影OKなんですが
中の金色堂そのものの撮影は禁止でした。

中には、御守や数珠が売ってる売店があり、
その先に金色堂がガラス張りで建っていました。
自動音声による説明がスピーカーから聞こえてきます。
賽銭箱もあって、みんな入れてましたね。
俺は約20分くらい、
立ち止まって金色堂を目に焼き付けました。
全体が金箔のコーティングで覆われ、
薄暗い覆堂の中でわずかな光を受けながら
輝いてました。
事前に金色堂を扱ったテレビ番組や
本・雑誌で下調べしてきたので、
そこで得た見どころや疑問点の確認はできました。

金色堂を出てその先にあるのが、
もともと金色堂を覆っていた建物があります。
覆堂を新築した後に移築したらしいんですが
ぜんぜん今でもこっちの覆堂で守れそうですけどね。
数百年経ってる建物とは全く思わないですね。

中尊寺の参道入口近くに模型の金色堂があったので、
写真に撮りました。
だいたいこんな感じでしたよ。
屋根から内装から縁側に至るまで金ピカ。
いかに
昔の奥州藤原氏が権力と財力を持っていたかが
伺えますね。
義経が頼りにするのも納得できます。

一通り中尊寺を見ましたが、
金色堂の荘厳さよりも
最初の参道の上り坂のキツさが一番印象強かった(笑)
マジでキツかった。
あのキツさがあったからこそ
その先の金色堂が有難かった可能性もあります(笑)

平泉は遠いから
また来るかは分かりませんが
金色堂はまた見たいですね。

米が余ってるのは

前の農水大臣とJAのせいだろ。


あいつらは

誰の味方で誰の敵なんだ?


今のところ

全ての日本人の敵でしかない。


農家はJAに従わざるを得ず、

農水省はJAとズブズブでJAの肩を持つ。

国民は米の値上がりで困り、

農家は倉庫に余った米の価格を自分で決められず

安く売りたくても売れない。

安く売ったら赤字になるから。


農家の人達がJAに全く依存しなくても

経営していける体制を作らないと

いつまで経っても農家はJAの下僕扱いだよ?


そして、

その腐った構造の体制のせいで

日本人の米離れが確実に進行し、

今や安くなっても米が売れなくなった。


日本人の主食である米を

もっと真剣に大切に扱わないと

日本で米が穫れなくなるぞ、マジで。


農水大臣だけはバカとかアホにやらせちゃダメなのに

またアホみたいな奴がなってるし、

もう日本は終わりだな。