反原発の小出裕章京大助教と聞いて、想像したのは
“30歳前後の大学院卒業すぐの若手で、血気盛んな関西人の活動家“。
でも、でてきたのは
“とても温厚な、そして物腰の柔らかい学者肌の立派な関東人”。
もっと驚いたのは 61歳というその
年齢!
卒後40年間ずっと一段目の階段から一度も昇進してない!
論文執筆・論文の受理・論文の被引用・研究費の獲得とこの世界、並大抵でないのは想像できる。
しかし論文を書けば書くほど研究予算も実験設備も潤う科学研究の流れに逆行し、卒後40年間、書かなければ書かないほど(あるいは ”書いても書いても却下され、ほとんど活字にならぬ作業”だったのでしょうか)益々
乏しくなる研究環境に耐えたのだろう。
論文執筆から研究費の獲得の過程のどこかで非常な妨害を受け続け、後輩研究者も尻込みする劣悪な環境で電気代を節約し、真実を追究していくうち原発の危険性が分かり、原発訴訟の住民側に立ってコツコツと資料を作った、小出裕章京大助教の報告書を見ると今更ながら、とても資料集めが多岐に亘り、細かく科学的であるのに気づく。
医療に群がる製薬会社のように、この世界では自由であるべき学問・研究に産官学の癒着や利権がからむシステムが裏にある。日本だけでなく、世界中に...
研究費の獲得が絡むとどうしても悪いデータは論文化されず、おいしいデータだけ日の目を見るのは誰から見ても当たり前。
製薬会社に不利益なデータを黙殺した薬害エイズでもそのことは実証されたがそれとは比べモノにならないほどの、巨大な裏システムが作用したのが想像できる。
論文執筆から研究費の獲得のどの過程で原発の不利益データが利権のために抹消されたのか?これほど危険な原発がここまで推進されてきた理由は、原発に取って不利益なデータが論文執筆から研究費の獲得のどこかの過程で葬り去られたと感じがする。
戦後ずっと原発関連利権が絡む裏システムという歴史的背景があったのだろうと感じる。
今、特に今世紀小泉政権以降、”Center of Excellence” で重点的に大規模研究に予算配分し富める研究者は益々富み、貧する研究者は益々貧する事例がどこの研究でも横行している。旧帝大である京大でこのような反骨的努力をしていたのはせめてもの慰めだ!今度の原発事故を機に研究予算に目がくらみ、真実が見えなくなった(見て見ぬふりをしていたんでしょうが)金の亡者たちの組織を解体しなければならない。
それがせめてもの犠牲者への償いである。
ここになって見えてきたのは原発推進者たちはまた原発に取って不利益なデータは出ても知らんぷりして、いいデータだけ論文化したであろう研究過程だ。
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/seminar/No108/koide20091026.pdf

亡したことにより、