ささらは、元々『djasara』ジャサラと発音されていました。ジャサラ獅子あるいは『zasara』ザサラ獅子でした。

 これが伝統芸能に定着するまでには長い年月がかかりました。雅楽の中には在りません。まして皇室行事として神事にも、伝承された形跡は有りません。私は仏教の中に僅かに在った形跡を見つけました。

 、それ(仏教伝来)よりも、もっと前から元となる自然と結びついた神道の発達する過程で、芽は育まれました。神社の境内で専ら『ささら獅子舞』が舞われるのがその証拠です。

 名の由来を遡ること、今から4000年前、既にこの名の夲(もと)となる言葉が発生してました。

 1 za-sa-la-me-l ザサラメール(三と四の枝の樹)

                      バビロニア語

 2 s-ar-a-la    サララ(七枝樹)梵語


 3 as-a-la      アサラ(七枝樹)マレーインドネシア語

                      ただし、今は死語

 4 sa-ra-ra    サララ(七枝樹)あるいはササラ(七枝樹)

                        パーリー語

5 dj-as-a-la    ヂャサラ (七枝樹)下関市彦島文字



 これらの言葉と疫病祓いの『神の舞』が一体となって、日本に伝承されました。

ささら獅子舞は、関東(主として)、東北地方の一部に伝承された厄除け舞なのです

参考 『日本最古の文字と女神画像』 川崎真治・1988年5月六興出版

 







観音堂の境内が舞台になります。


古代史発見
これが『おかざき』竹製の楽器で別名『ささら』です。
古代史発見
私はこちらの花笠4人がささら獅子舞いの『ささら』の由来だと思います。
古代史発見
3頭の獅子と花笠(ささら)が舞ってます。花笠(ささら)は元々は神様でした。ささら役は動きが少なく地味な為、役柄が理解されず、いつの頃からか主役が入れ替わり、獅子舞いが主になってしまったのです。

 更に、悪いことに同音衝突が起り、多くの地域のささら獅子舞いは竹製の楽器をささらと称してささら獅子舞いの名の由来としてます。残念ながらここ鴻巣市ではささらの由来が判らないまま、祭りだけ伝承されてます。 小雨のため大事な花笠には、ビニールカバーが懸けられています。

 日本への獅子舞の伝来は西暦612年(推古天皇20年)現在の奈良県桜井市辺りに百済の味摩之(みまじ)が伎楽を伝えた(日本書紀)際に、その一部に師子(獅子)が含まれていたのが創始とされてます。