天満宮の狛犬ならぬ牛です! 天神様は全国にありますが、ここ東松山市にも菅原神社(天満宮)があります。
天神は元々雷神であり、地主神であるともいわれてます。それがある事件をきっかけに祟り神に性格が変りました。
その事件とは、清涼殿落雷事件です。ことの起こりは、大宰府に左遷させられた菅原道真が失意のうちに没した。彼の死後疫病がはやり、日照りが続き、醍醐天皇の皇子が相次いで亡くなりました。
これらが道真の祟りであると恐れられたところに、清涼殿に落雷を受け、この雷神の怒りと道真の祟りが重複し、朝廷は北野天満宮を建立し道真の祟りを鎮めようとしましたが、 また異変が起り、西暦949年には難波京の西北の鎮めとされた神社の社前に一夜にして七本の松が生えたという話が朝廷にも伝わり、勅命により大阪天満宮が建立されるに至りました。
やがて、時代が下がりますと、道真が生前優れた学者、歌人であったことから、天神様は学問の神様に性格が変化し、信仰されるようになったのは誰もが知るところです。


