古事記にも『七を聖数』として扱い、佳き言葉に花を添える様に使用してます。
例えば、原文はすべて漢字ですが、訳文によりますと
ここに七媛女(ななおとめ)、高佐士野に遊行(あそ)べるに、伊須気余理比売(いすけよりひめ)その中にありき。ここに大久米命、その伊須気余理比売を見て、歌をもちて天皇(すめらみこと)に白(もう)しけらく、
『倭(やまと)の 高佐士野(たかさじの)を 七行(ななゆ)く 媛女(おとめ)ども 誰(た)れをし枕(ま)かむ』
とまをしき。ここに伊須気余理比売は、その媛女等(おとめども)の前(さき)に立てりき。すなわち天皇、その媛女等を見したまひて、御心に伊須気余理比売の最前(いやさき)に立てるを知らして、歌をもちて答へたまひしく、
『かつがつも いや先立てる 兄をし枕かむ』とこたへたまひき。
訳としては不十分ですが、このような意味でよいでしょうか。
神武天皇が大和の高佐士野の原をお通りになると、野辺に、七人の少女が舞いを舞っていた。天皇のお伴として、そばでこれを見ていた大久米の命は、歌で天皇に申し上げた『この大和の高佐士野の原に七人の少女がいますが、いずれ誰かを夫として迎えることでしょうね』と申うされた。
この中にはイスケヨリ姫が娘たちの先頭に立っていました。直ぐに天皇はその娘たちを眺めながら、先にたって舞を先導しているイスケヨリ姫に心を奪われ、返歌にて気持ちを伝えました。『かえすがえす見るも先頭を行く姫を私の妻と迎えたい』と答えました。


