そうこうしてるとバナードがやってきたり、リサがきたり、
ブロンディが来たり、チャックが来たり、何だか
あわただしくなってきた。それはパラディソでのショーの
時間が迫って来たような気にさせた。いよいよだ、と
さらに興奮はたかまる。
そこへセキュリティ・チーフのジムがのっそりと登場して、
「ちょっと俺について来い」と目で合図して来た。
それで静かについてゆくと、ロビーに出た所で、
騒ぎが起きた。
若者がホテルの入り口のチェックを破って走り込んで来たのだ。
ホテルの警備員の制止するのもかまわず、興奮状態でいきなり
正面の2階へあがる階段を駆け上がり、それをひとりの警備員が追いかける。
若者は必死の形相で2階を走り回り、大きな声で何かを叫んでいる。
あたりは異様な雰囲気になり、静かだったホテルのロビーは騒然となっている。
ジムはすぐに腰から無線電話をとりだし、恐い顔で何かを指示した。
するとどこからか、屈強な体型の3人の男が登場し、すばやい動きで
その若者を追いかけ、踊り場で、
あっという間にその若者を羽交い締めにして取り押さえた。
まったく驚きの光景である。どうやらストーンズファンの若者が、
キースに会いたくて、ホテルに飛び込んで来たらしい。
(「キー」と叫んでいた)
キースは、よせばいいのに自分の部屋のベランダから、
どくろのスカーフをひらひらさせて、「我、ここにあり」と
でも言わんばかりに、奇矯な振る舞いをするのだった。
それにしても軍隊並の警備陣である。
周囲は驚いて、見守るばかりだった。
その若者はひどい興奮状態で、がんじがらめにされ
どこかに連れて行かれた。
ジムはほっとしたおだやかな表情になって、こちらをむいて笑った。
その後、何事もなかったかのように2階のジムの部屋に行った。
天井の高い豪華な部屋だった。彼は衣類をカバンから出したばかりだったようで、
とっちらかったままの部屋に招き入れ、姿勢を正し、
「ようこそ、アムステルダムへ。(ウエルカム、エイムステルダム)」
と仰々しい挨拶をした。
そして、黒いTシャツを引っ張りだし、
「これは今日の記念の特別スタッフTシャツだ。お前に4枚渡すから」
と言って、袋から4枚数えて僕につきだした。
「アムステルダムは初めてか?」
「どこに泊まっている?ホテルを教えろ」
「ニュージーの夜は最高だったな」
「サンフォード(ニュージーのディスコのオーナー)は、
連絡して来たか?」
「マグロ漁業はもうかっているか?」
「パリのオリンピアにも来るか?」
「ロンドンのブリクストンって知ってるか?」
と次々と質問を浴びせ、僕を当惑させた。
ジム・キャラハンには彼なりの哲学があった。
それはストーンズの仕事をする前に、戦争に駆り出され、
ベトナムに行き死線をさまよい、
兵役を終えて帰国し、厭世気分に陥った。
1973年秋、ストーンズの警護の仕事が舞込んで来て、
ストーンズが気に入って、ツアーセキュリティを
するようになったのだった。要するに「戦争はいやだ」、
「戦争はばかばかしい」という。それに比べ、
「ストーンズは人々を楽しませ、面白い」のだという。
映画「Let's Spend The Night Together」でミックが、
「Let Me Go」で興奮する観客の間を行く時に必死で先導した。
他にストーンズが休みのときはデビッド・ボウイやクイーンの警護もしたが、
ストーンズの警護のギャラは破格らしい。
「一度見た顔は忘れない」というのが彼の自慢の特技だ。
ミックのソロツアーの時に、ホテル・オークラで
僕を初めて見たと言うが、僕は記憶にない。
ロンドンの彼の自宅に招待され、楽しい時間を過ごした事もある。
残念ながら2003年のリックス・ツアーの時に引退した。
しばらく彼と二人で話した後、一度自分のホテルに戻った。
そして自分の部屋であらためて、リストバンドとチケットを
確認した。いやでも興奮はたかまる。
そして今度はすぐにパラディソに向かった。
周辺は、通行止めになっていて、大変な混雑になっていた。
(つづく)
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