ブリュッセルズ・アフェア 12 | 俺はShattered

俺はShattered

50歳を過ぎて、「この調子なら100歳まで」と思っていたら、とんでもない苦境が待っていた。そこをくじけずに、生き延びようとする哀れで滑稽で笑止千万な人生の「後半部分」を再構成するシュールで決定的で虚無的なアメブロ。

(一昨日からのつづき)

名曲「アンジー」は、コンサート会場にいる英国人も
まだ耳慣れない曲らしく、会場の熱気は急に冷めて行くような
感じがした。

まことに楽曲の見えないパワーは、どこに潜んでいるか、
わからない。

わしは、一緒に行った仲間からロンドンのホテルで、
カセット・テープで聞かされた記憶があるが、
その時はかなり意外で強烈な印象を持ったために、
今でもコンサート体験とあいまって、誰が何と言おうと
「名曲である」と思うし、「忘れがたい思い出の曲」である。

ロンドン市内のレコード店のディスプレイは、「ヤギの頭のスープ」
だらけで、女体をあしらった奇妙なポスターも同じように、
印象深い。

「アンジー」は長い事、それは1993年にベスト・アルバム「ジャンプ・バック」
が発売されるまで、ジャガーとテイラーが作った曲だと20年間もの間、
勝手に思い込んでいた。先入観や偏見はまことに恐ろしい。
まさか、キースが娘の事をモチーフに作った曲であるとは、
思わなかった。勿論、キースの作とは言え、その原曲をミックが
「悲しい恋愛歌」に仕立て上げたのだが、その後、そのエピソードを
本人に確認するまで疑心暗鬼の心境ではあった。

コンサートでの舞台照明は、電力の限界もあったのか、
極めて、暗い印象がある。これは今思えばの話である。

というわけで「アンジー」を演奏している時には、
興奮と感激の熱気は、思いもかけず下降するのであった。
曲順は、そういう意味でショーの重要な要素である。

それから、レコードで聞いた「アンジー」とライヴの「アンジー」は
まったく別な感触があった。それは、ある意味で、
演奏曲全般に言えるだろう。

ともかく、身体が痛い。
「アンジー」演奏中に痛みを感じた事を忘れない。

まったく「暴力的なコンサート」であると、その時に思った。
失神者や気絶者、けが人が目の前の通路を何人も運ばれて行く。

一度は沈静化した雰囲気が「ランブラー」のイントロが始まると、
一気に火がついて爆発したようになった。

興奮の坩堝(るつぼ)と化した。




(つづく)



俺はShattered-73londonRS

(画像は文章と関係ありません。まったくないとも言い切れません。悪しからず。)