ああ、ついに11月になってしまった。
11月と言えば「NO ベンバー」である。
今年も「半病人」のままだ。
腹部の手術創がなんともなじまない。
腹筋を切ってつないだのが、いけない。
背中の腰部が、痛い。腹もでてきた。
それでも昨年の事を思えば、ずいぶん回復したようだ。
なによりも「生きて」いる。
感謝しなければならない。
人間と言うものは勝手なものだ。
あれだけ苦しんで、天に懺悔し、もう何も要らない、
命さえあれば、と思っていたのに、元気になればなるほど
欲も湧いてきて、あれもしたい、これもしたい、
と思うようになる。
自分で自分のことさえ、よくわからない。
それでもここ最近は「西山さん」のことが気になって
仕方がない。
今頃、どこで何をしているのか、と
気になって仕方がない。
ネットで「西山英彦」と検索しても、
悪口みたいな事をいっぱい書かれている。
まことに気の毒である。
「西山はげ彦」などと書かれている。
そんなに「はげ、はげ」と書いているが、
前も書いたように「はげ」は悪い事でも恥ずかしい事でもない。
むしろ自慢にしていい事だとさえ思うようになってきた。
下に掲示する動画を見ても、どこにも悪意を感じないのは
わしだけだろうか?
一点のすきもない説明であるし、むしろ日本中の国民が
見ているテレビの前で、これだけの大事件の説明を
淡々とこなしているのを見ていると泣けてくる。
その胸の内を想像すると、りっぱだとさえ思えてくる。
余計な事は一切言わず、かといって、
心に届くような言葉もない。
これは常人に出来る技ではない。
大体、本当に「はげ」であるかどうか、確たる証拠も
ないのではないか。いや、かりに「はげ」ていても
いいではないか。むしろ「はげ」ていると仮定して、
国民がみんな注視している中で、「安いかどうか」
明確でもないのに「かつらだ、はげだ」と騒ぐ方が
どうかしている。
わしは、特に西やんを擁護しているのでも
責任を問うているのでもない。
いまさら、好きか嫌いかと聞かれても、
答えようがない。
なんだかたまらなくさみしいのだ。
善良な国民であるべき人たちが、「仮想敵」を
してやったりと見つけたように攻撃し、
「はげだ、かつらだ」と揶揄し、
「不倫だ、すけべだ、淫乱だ」とある事ない事書き立て、
怒りをガス抜きにするような行為をすることが、
なんだかおぞましい。
そして、確たる理由はないのだが、
最近、夢の中にまで「西山英彦」さんが出て来るようになった。
ひょっとしたら、まだ一度も会った事もないのに、
好きになったのかもしれない。
いやいや、「好き」という言葉は失礼だから、
取り消したい。
西山さんの人生を考えると、なんだか落ち着かないのである。
どうしてだろう?
でも、役所の中で、不謹慎な行為をしたことは
本当なのだろう。
そうなると相手が気になって来るのである。
どういう動物なのだろう。
あ、いや、女性なのだろう?
きっとその女性の人生も大きく変化してしまったのではないだろうか。
いや、絶対に何らかの変化があっただろう。
まさか、今頃、熱海の温泉に二人でひっそりと
身を隠していたりして。身を隠して下半身はまるだし?
ではないだろうな。
そこは人の目がとどかない「寂れた温泉宿」かもしれない。
宮沢賢治の本などを読みながら、まったりと
世間の過酷さを憂えているのではないだろうか。
そこで浮き世の愛に溺れているのではないだろうか。
でもその愛が枯れてきたら、どうなるのだろうか?
ああ、なんだか、うらやましくなったり。
破滅的な人生になるのかな?
色々と妄想してしまうのである。
11月になったと言うのに。
世間のみんなが忘れようとも、
せめて、せめて、わしだけは忘れまい、と固く誓うのである。
にしやま ひでひこ。
いい名前だ。