
後編『戦争をなくす方法を、本気で考えてみた【市民目線でできること】 ─戦後80年・平和を考える』
「戦争をなくしたい」──誰もが一度はそう願ったことがあるはずです。
けれど現実には、今も世界のどこかで人が傷つき、街が壊され、子どもたちが家族を失っています。
いったいなぜ、戦争はなくならないのでしょうか。そして、どうすればなくせるのでしょうか。
この記事では、政治・宗教・資源・武器ビジネスなどの観点から、戦争の“構造”を紐解き、私たち一人ひとりに何ができるかを考えてみます。
■ なぜ戦争はなくならないのか?
戦争は、単なる「憎しみ」や「怒り」だけでは起きません。
むしろ、それらを意図的にかき立てて、動かしている“仕組み”が存在するのです。
まずひとつは「政治の都合」。
例えば国内の支持率が落ち込んでいる時、政府が外交問題をエスカレートさせることで“敵”を作り出す──これは歴史上何度も繰り返されてきた手法です。
次に「宗教の名を借りた支配」。
宗教そのものではなく、信仰の“解釈”や“聖地”の争奪が争いの火種になります。
そこに経済や資源の思惑が絡み、争いは宗教対立に見えて、実は利権争いの側面も強いのです。
そして、「資源と「武器ビジネス」。
石油・水・鉱物──こうした資源が手に入る土地を「奪った方が安い」と考える構造があります。
さらに、戦争が起きることで利益を得る武器商人や軍需企業の存在。
皮肉な話ですが、**「平和よりも、戦争が続いた方が儲かる」**という現実があるのです。
■ 一人の政治家が暗殺されても、戦争は止まらない?
歴史を振り返ると、戦争の“引き金”になった事件──たとえば政治家の暗殺や、軍事衝突、暴動などがよく取り上げられます。
しかし、それはあくまで“きっかけ”であり、背景には準備されていた構造と欲望が存在していたことを忘れてはいけません。
たとえ、戦争を仕掛けようとしていた政治家が途中でいなくなっても、
すでに整えられていた体制、利益、感情が「次の誰か」に引き継がれ、戦争は続いてしまうことがあるのです。
■ 中国は戦争を起こしたがっているのか?
一見、強硬な軍事行動を見せる中国ですが、その内実はもっと複雑です。
例えば習近平主席は、演説では「対話」「平和的発展」「共存」といった言葉を用いています。
それを聞いて、「平和を重んじる指導者」のように見えるかもしれません。
しかし同時に、南シナ海の軍事基地建設、台湾への圧力、香港やウイグルでの強権的統制も進めています。
つまり「戦わずして屈服させる」ための手段として、平和の演出を戦略的に使っている可能性もあるのです。
■ では中国は本当に戦争を起こせるのか?
ここが非常に興味深い点です。
現代の中国は都市部を中心に生活が豊かになっており、
多くの国民が教育・消費・ネット文化を享受する「中産階級層」となっています。
この状況で本格的な戦争が始まれば──
-
経済制裁で物流や雇用が止まる
-
一人っ子世代の親たちが“自分の子を戦地に”送ることに反発
-
ネット世論が一気に政権批判に傾く
つまり、外に向かって戦争を仕掛ければ、内側で暴動や分裂が起こりかねない。
習近平政権にとってそれは「最大の悪手」なのです。
■ 被害を受けるのは、いつも“ふつうの人たち”
戦争の構造を知ることで見えてくるのは、いつも巻き込まれるのは民間人という事実。
戦地に送られる兵士、家を追われる子どもたち、職や学校を失う人々──
それらは誰かの「意思」ではなく、「仕組み」の犠牲なのです。
■ 戦争をなくすには何が必要か?
戦争を止めるには、「悪いリーダーを倒す」ことではなく、構造そのものを変えること。
以下のような視点が必要です:
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知ること: なぜ起きたかを冷静に分析する力
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声を上げること: SNSでも現実でも「おかしい」と言える雰囲気
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武器産業の透明化と規制
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教育と国際交流: 偏見をなくす経験を増やす
■ おわりに
戦争とは、「誰か特別な人が起こすもの」ではなく、
私たち一人ひとりの「無関心」「あきらめ」「傍観」がつくり出してしまう現象でもあります。
今すぐ世界を変えることはできなくても、
“平和を願う日常”を増やしていくことなら、今この瞬間から始められるはずです。
前編『戦争をなくす方法を、本気で考えてみた』─戦後80年・平和を考える
「戦争をなくしたい」──誰もが一度はそう願ったことがあるはずです。
けれど現実には、今も世界のどこかで人が傷つき、街が壊され、子どもたちが家族を失っています。
いったいなぜ、戦争はなくならないのでしょうか。そして、どうすればなくせるのでしょうか。
この記事では、政治・宗教・資源・武器ビジネスなどの観点から、戦争の“構造”を紐解き、私たち一人ひとりに何ができるかを考えてみます。
■ なぜ戦争はなくならないのか?
戦争は、単なる「憎しみ」や「怒り」だけでは起きません。
むしろ、それらを意図的にかき立てて、動かしている何かが存在します。
まずひとつは「政治の都合」。
例えば国内の支持率が落ち込んでいる時、政府が外交問題をエスカレートさせることで“敵”を作り出す──これは歴史上何度も繰り返されてきた手法です。
戦争は、時として「内政から目をそらすためのツール」として利用されるのです。
次に「宗教の名を借りた支配」。
これは宗教そのものが悪いわけではありません。
問題なのは、「宗教の解釈を独占する者」が存在するということ。
また聖地や信仰をめぐる争いの裏には、資源や領土といった現実的な利権争いが隠れていることも多いのです。
そして、避けては通れないのが「資源と「武器ビジネス」の問題。
石油・水・レアメタル──こうした資源が手に入る土地を「奪った方が安く済む」と考える国や企業が存在します。
戦争が起きることで利益を得る武器商人や関連企業、株価が上がる仕組みすらあります。
皮肉な話ですが、**「平和よりも、戦争が続いた方が儲かる」**という現実が、この世界にはあるのです。
■ 被害を受けるのは、いつも“ふつうの人たち”
戦争の構造を知ることで見えてくるのは、いつも巻き込まれるのは民間人だという事実です。
戦場で戦う兵士も、その多くは命令に従うしかない存在です。
避難所で泣き叫ぶ子どもたち、突然家を追われた人たち、教育も仕事も奪われた日常──
それらはすべて、上層の「構造」の犠牲にすぎません。
■ 戦争をなくすには何が必要か?
理想論に聞こえるかもしれませんが、「戦争をなくす方法」はあります。
それはまず、「仕組みを知ること」から始まります。
感情や印象ではなく、歴史・経済・政治の観点から戦争の背景を理解すること。
「なぜこの戦争が起きたのか?」を冷静に考えられる人が増えることが、第一歩です。
次に、市民社会の声。
SNSでも、日常会話でもいい。
「それっておかしくない?」という声が広がることで、戦争を仕掛けにくくなります。
さらに「武器産業への規制や透明化」、
そして「多様性と教育の力」。
異なる国籍や宗教の人とつながる経験は、憎しみではなく理解を育みます。
■ おわりに
戦争は、誰か特別な人が止めるものではありません。
仕組みを知り、声を上げ、日常の中で平和を願うこと。
たったそれだけの行動が、やがて社会を変える種になります。
銃声のない朝を迎えるために──
私たちは「無関心にならない」という、ささやかな勇気から始めていきましょう。
最低賃金1118円時代、ベテランパートが泣いている 〜“壁”と“格差”に揺れる中小企業現場〜
最低賃金が全国平均で1118円に引き上げられる方針が決まった。物価高を背景に「当然の流れ」と見る声もある一方で、中小企業の現場では困惑とため息が広がっている。とくに深刻なのは、ベテランパートと新人パートとの賃金格差が“存在しない”ことで、長年働き続けた従業員のモチベーション低下につながっているという。
最低賃金が上がるのは、労働者にとって朗報――のはずだった。だが、現実はそう単純ではない。
地方の中小企業で働くベテランパートたちが、声を潜めてこう漏らす。
「勤続20年、時給780円からコツコツ積み上げてきた。ようやく時給が1000円を超えたと思ったら、最近入った新人とほぼ同じ。頑張ってきた年月の重みは、どこへ行ったのか…」
一方、新人パートはどうか。
「最近はフルタイム勤務を避け、午前・午後の3〜4時間勤務が主流。求人を出しても、フルタイム条件では面接すら来ない」という企業も少なくない。
さらに、最低賃金引き上げがもたらす副作用として、「103万円の壁」がある。
パート従業員が年間収入をこのラインに抑えようとするため、時給が上がると**「出勤日数を減らさざるを得ない」→「人手不足が深刻化する」**という悪循環が起きている。
政府は将来的に「時給1500円」を掲げているが、現場では**「1200円程度に抑え、週5日勤務やフル出勤するパートに手厚く還元してほしい」**という声も出ている。努力や継続に報いる仕組みがなければ、労働意欲を損なう恐れがある。
背景には、日本社会の年功序列文化の名残や、能力給制度の未成熟もある。どれだけ責任感を持ち、丁寧な仕事をしても、それが“数字”で反映されない職場では、評価制度としての限界があるのだ。
■さらに気になる“物価高”の構造
政府は賃金引き上げの理由に「物価高」を挙げるが、その物価高は政府自身の政策によって加速された面も否定できない。
農林水産省が進める「コメ海外市場大作戦プロジェクト」や、2024年度の食品輸出額1兆5073億円という実績は、確かに日本の農産物が“稼げる産業”に育ってきた証拠ではある。
しかし、国内需要を犠牲にしてまで“外貨稼ぎ”を優先した結果、国内供給が逼迫し、価格が高騰しているとの指摘もある。
物価高の裏で、社会保険の適用拡大や保険料徴収の仕組みも着々と動き出している。制度の網を広げる口実に“生活支援”が使われているようにも見える。
■おわりに
これはあくまでも一個人の視点だ。だが、現場の中小企業と働く人々の“声なき声”にこそ、今の政治が耳を傾けるべきではないか。
最低賃金の「額」ではなく、**その運用と評価の“中身”**を整える時期に来ている


