サザエさん―釣り(18続き)
釣りは、昔に帰る、最善の方法です。
朝日文庫版43巻〔11頁〕・昭和47年
『数本の松の木が見える砂浜を、マスオさんが、釣用のハットを被り、半袖シャッ、長靴を履いて、釣竿を入れた袋を担ぎ、釣具を入れたボックスを担いで歩いています。マスオさんは、自然にかえって、休日を過ごそうと、海釣りに来ています』
『海辺に近づくと、ボックスのような小屋があり、その正面に、窓口があります。その窓口の上には「昔にかえろう」と大きく書いてあります。その下の窓口には、チケット販売用の窓口があり、窓口の上には「100エン」と書いた紙が貼ってあります。マスオさんは、「このボックスは何だろう」と不思議そうに見ています』
『そこへ、赤いフンドシに、袖なしのハッピを着て、頭にねじり鉢巻きを、キリリと巻いたオジサンが現われ、ボックスの窓口の方を手で示し、何かマスオさんに教えています。小屋をよく見ると、窓口のある正面の右側面にドアがあります。そのドアには、更衣室と大きく書いてあります』
『マスオさんは、殿さまチョン髷のカツラを被り、袢天、股引、腰みのを着て、まるで、浦島太郎のような出で立ちで、桟橋の上から、釣り糸を垂らして、恥かしそうに、赤面して釣りを始めています。遠くの方で、釣をしている数人の人達が珍しそうに見ています』
マスオさんは、仕事か忙しすぎるし、家に帰ればサザエさんが何かと煩い、ストレスがたまって仕方がない。
ストレス解消のため、海釣りに出かけ、自然に帰えるとするかと思い、この海岸に来ました。
その海は、海辺に松の木が茂り、海辺の先には、竜宮城があり、亀が泳いでくるように思える、素晴らしいところです。
海釣りのいでたちで海岸に行きました。
海辺に、釣りのための大きな桟橋が作ってあります。
そこで、釣ろうと思って砂浜を歩いていると、砂浜に奇妙な小屋がありました。
「何だこれは」と、近づいて、何だろうと見ていたら、見るからに漁師の格好をしたオジサンが現われて、
「旦那さん如何でしょう、折角、海釣りに見えたのですから、思いっきり、自然に帰って、ストレスを解消されたらいかがですか?」
と誘ってきました。
「今日は、ここから読んでください」
昨日は、
酒を飲んだら眠くなってしまいました。
続きを書きます。
私は、このオジサンを、見ただけで、既に、昔に帰り始めたような妙な気分になりました。
私は、オジサンの頭の天辺から足の先まで見つめました。
もう、既に、70歳を超えているようなお年寄りです。
頭に、手拭を捻じった鉢巻きを、巻いています。
眉毛は、垂れた「ハ」の字で、顔面のほぼ中央にダンゴッ鼻があり、大きく横に伸びた薄い口の周りには、胡麻のようにヒゲが生えています。
着ている上着は、伴天と呼ばれる着物と思いますが、袖なしの「赤ちゃんに着せるチャンチャンコ」のようです。
その下は、多分、赤色の「へこ」(褌)をしているだけです。
勿論、素足で、短い足で砂浜に立っています。
その可笑しな格好は、昔のおとぎ話に出てくる浦島太郎が、玉手箱を開けて白い煙をあびて、年老いてしまい、そして、再び、少しだけ若返って、浜辺で、何やら商売をやっているようでした。
そのオジサンが、大きい箱のような小屋を、指さして、
「あの小屋に入ると昔に帰ることができます。お代はたったの百円でございます」
と言うのです。
オジサンが、小屋を指さすので、よく見てみました。
小屋の正面には、上の方に「昔にかえろう」とペンキで書いてあり、その下に「100エン」と添え書きしたチケット販売の窓口があります。
小屋の左側面に、更衣室と書いたドアがありました。
海釣りに行って、釣れたことが殆どありませんでしたから、
「今日は沢山釣ってくるぞ」
と言った手前、オジサンの誘いに負けました。
小屋の中で、何に変装するのだろう、そして、
「昔に帰ると、沢山釣れるかもしれない」
と期待感もあり100円でチケットを買いました。
オジサンにチケットを渡しました。
オジサンは、小屋の〈更衣室〉と書いたドアを開け、
「どうぞ!中に、着替える衣装があります。着替えて桟橋で釣りをして下さい」
と言うので、中に入りました。
小屋の中には、電灯もありません。
小屋の裏側の窓からの明るさだけの薄暗い部屋でした。
壁に数セットの衣装が下げてありました。
草履も置いてあります。
ズボンと靴を脱ぎ、草履を履き、腰蓑を付けました。
シャツも脱ぎ、袢纏を着ました。
殿さまチョン髷のカツラが置いてあります。
何だこれはと、思いましたが、昔に帰るために必要なものだろうと思い、帽子をとり、このカツラを着用しました。
壁にかかっていた衣装に着替えた自分の姿は、壁に掛かった小さな鏡で見てみました。
「あっと!まるで浦島太郎のようだ」
と思いました。
確かに「昔に帰った」ようだ。
しかし、可笑しな格好だな!人に見られたら恥かしいゾ!
この格好で、釣りは止めようかなと思いましたが、この昔の恰好で釣りをすれば、沢山釣れるのかもしれない。
サザエに、
「今日は沢山釣ってくるよ」
と言った以上、我慢しよう。
更衣室のドアを開いて外に出ました。
袢纏・腰蓑の昔の姿に、海辺の風が心地よく感じられました。
釣り場の桟橋まで出ていきました。
離れたところで釣りをしている人達が、不思議そうに私の姿を眺めています。
私以外、こんな格好をしている人は一人もいませんでした。
恥かしくなりました。
あのオジサンは、他の人に「昔に帰ろう」と誘わなかったのだろうか?
誘っても、誰も
「昔に帰ってまで釣りをしなくても、何時もの通り釣りをすればよい」
と言って、チケットを買うような物好きな人は一人もいなかったのでしょう。
私は、恥かしかったのですが、その格好で4時間ばかり釣りをしましたが、小さなキスと小さなカレイが釣れただけでした。
サザエには、海に行って「昔に帰った」今日の出来事は一切話しませんでした。
「あなたは、今日も駄目だったわね!釣の技量はないのよ」
と言われました。