サザエさん―傘(18)
俄か雨が降り出しました。怒りも冷静に致しましょう。貴方達を誰かが見ています。
朝日文庫版18巻〔85頁〕・昭和32年
『マスオさんが、ソフト帽を被り、コートを着て、会社に出かけようとしています。玄関まで来ると、サザエさんがいて、傘立てを覗いて不審そうに、「あなたカサは?」と尋ねています。マスオさんは、頭に手をやって、思い出そうとする様子で、「ないかい?」と言っています』
『隣の家の中から、意地悪そうな小顔の中年のサラリーマンらしきオジサンが、奥の部屋の奥さんにでも話しかけているのか、「オイきてごらん またご主人がやられているよ」とニヤニヤして言っています。マスオさんとサザエさんは、玄関を出たところで、番傘をさして、頭を垂れて立っているマスオさんに、サザエさんが、凄い剣幕で、コウモリ傘は何処にやったのよと問い詰めているようです』
『マスオさんは、コウモリ傘が垣根に干したままになっているのを見つけました。番傘をさして、垣根に干されたままのコウモリ傘を指さして、サザエさんに文句を言っています。サザエさんも、気付いて、しまったという顔をしています』
『隣の家の窓際に、意地悪そうな小顔のサラリーマンと、その奥さんが並んで立っており、奥さんが「うそおっしゃいあべこべじゃないの」と言っています。サザエさん家の玄関先では、コウモリ傘をさしたマスオさんが、畳んだ番傘を手にして、頭を垂らして立っているサザエさんに、激しくガミガミと文句を言っているところでした』
今日は、マスオさんが、激しく怒っています。
原因は、マスオさんのコウモリ傘です。
マスオさんが、会社に行こうとした時、サザエさんが、マスオさんのコウモリ傘が傘立ての中にないと言い出したのです。
サザエさんが、
「カサは何処?」
と言いだし、マスオさんは
「どうしたかな?」
と思い出そうとしています。
思い出せないでいると、サザエさんの雷が落ちてきます。
ガミガミと問い詰めているようです。
何と言っているのでしょう。
その言っていることを聞いてみたいですね。
確りと聞いている人がいました。
隣のご主人です。
「オイきてごらん またご主人がやられているよ」
と奥さんに言っていますから、相当、マスオさんは、サザエさんに、激しいことを言われているのでしょう。
多分
「折角、良いコウモリ傘を買ってあげたのに、もう、何処かへ忘れてきたの!思い出して、取りに行きなさい。貴方は、まだ若いと思っているのに、頭悪いんだから、物忘れが酷いんだから、しっかりして頂戴!!ガミガミ・・・・」
と喧しく怒鳴りつけられていたのでしょう。
隣のご主人は、それが面白くて仕方ないのです。
「これは、一人で楽しむのはもったいない」
と奥さんにも見せてあげようとしたのです。
ところがです。
物忘れが酷いのは、マスオさんではなかったのです。
サザエさんの方でした。
マスオさんのコウモリ傘は、前の日も雨だったので、マスオさんが使ったのです。
濡れていたので、サザエさんが、開いて、垣根に干していた。
サザエさんは、そのことを、すっかり、忘れてしまっていたのです。
垣根に、開いたまま干してあるコウモリ傘に気付いたのは、マスオさんでした。
今度は、マスオさんの方が、物忘れの酷いサザエさんに、「ガミガミ」と文句を言う番です。
マスオさんが、干してあったコウモリ傘を持ってきて、サザエさんを激しく叱りつけています。
その様子を、隣の夫婦は並んで見ていました。
ご主人が、奥さんに見せたかった
「カンカンに怒ったサザエさんに叱られ、うな垂れているマスオさんの図」
は、奥さんが見たときには、
「カンカンに怒ったマスオさんに叱られ、うな垂れているサザエさんの図」
に変わっていました。
ご主人が、奥さんに見せたかった
「オイきてごらん またご主人がやられているよ」
奥さんが見たのは
「うそおっしゃいあべこべじゃないの」
でした。
マスオさんもサザエさんも、いずれ劣らず、物覚えは良くないようです。
それにしても、庭での言い争いは、誰かが見ているかもしれません、注意しましょう。