息子の言動が少~し落ち着いてきた今、

もし、もう一度、最初からこの「非行」につき合うとしたらと

考えてみると、全く違う対応をしただろうと思う。

・・・・・・・・・・・

①親ばかに徹する

「この子は本当はとてもとてもいい子なんです。

今は寄り道をしているだけなんです。本人が一番辛いと思います。」

と親バカ全開で主張しつつ、平身低頭、謝罪をする。

モンスターペアレントだと言われても、このバカ親にこの子ありと

批判されても、子どもサイドに立つ。


②大人がOKなことは許す

お酒、タバコ、ついでにいえばセックスも、大人に認められていることを

中学生で始めたとしても、それについて、追い込むような叱責をしない。

息子の中三の担任が

「せめて大学生になっていれば目くじらを立てないんですが」

と言っていたのを思い出す。時代と共に早期化は仕方ないのかもしれない。

避妊はしっかり教える。


③笑顔で迎える

どんなに帰宅が遅くても笑顔で「おかえりなさい」

変な時間に外出でも「気をつけてね」

お説教はなし。

冷蔵庫には簡単に食べられる食材を用意しておく。

・・・・・・・・・・

その三年くらい前までランドセルを背負っていた息子が

マサカの非行で、私は泣いたり怒ったり落ち込んだり右往左往した。

なんとかヤメさせようと必死でお説教。

いくら話してもムダだったなと今なら分かる。

もっとドーンと構えて、「ハシカみたいなものだ、本当はいい子なんだ」

って思えれば、本人も、私自身も楽だったと思う。

とはいえ、息子か娘かでも違うだろうし、

二回目でも結局オタオタするだろうな。

というか、もちろん、もう体験したくないけれど。

息子が「小雨」になった今、いつか「快晴」になったら

私の体験がまさかの非行で疲れきっている親ごさんの

お役に立つことがあればいいなと思う。



・・・・・・・・・・・

他にも実践できていればと思うことがあったら、

教えてください!









昨秋、「軽い躁鬱」の診断をされた。

なんだか納得できなかった。

でも、今になってブログを読み返すと

精神的にとても不安定だったことが分かる。

昨年の8月の終わりに、このブログに

「もう目覚めたくない」

と書いて以降、ブログ内容のテンションが高かったり、

どっと落ち込んだりしている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

ずっと、目覚めた時の絶望感や不眠に悩まされてきたけれど、

最近は薬がなくても眠れるようになってきた。

息子の外泊がなくなったことも大きい。

でも、それと同時にこれまで自分を縛ってきた

「○○しなければ」とか

「○○すべき」とか

そういう常識や正論をヤメようと思い始めたからかもしれない。

常識や正論から自分が自由になると、子ども達にもそれらを

押し付けなくなった。親として、それがいい事なのかは甚だ疑問だけれど。

・・・・・・・・・・・・・・・

「素」の自分になるとでも言えばいいのかな?

自分の「心の声」に耳をすますことは、

保守的で厳しい親に従順だった私には

なかなか難しいことで、

今も自分が何をしたいのか分からない時もあったりする。

非行を含め何か事が起こると、

自分の心よりも常識とか正論によって

判断して、まずは、その場を丸く収めようとしてきた。

でも、それは自分にも子どもにもいい結果と

ならなかったように思う。

・・・・・・・・・・・・・・・・

こういう母親に育てられたから

「心の声」だけに耳をすます息子ができあがったのかな?

常識とか正論をぶっとばしてばかりいる息子。

私と息子を足して二で割ればちょうどいいかもしれない。







時折、3才になったばかりの甥を寝かしつけます。

キャリアウーマンのママの帰宅が遅くなるからです。

・・・・・・・・・・・・・・・

昨夜もお風呂に入ってパジャマを着た甥に

「ご本読もうか」

と声をかけると、お気に入りの絵本を持ってお布団にはいってきました。

本を広げて読み始めると、小学生になっている姪も

頭をくっつけてきて、一緒に絵本に見入ります。

・・・・・・・・・・・・・・・

かつて息子や娘と過ごした「寝る前の絵本タイム」は

のんびりした至福の時間だったことを思い出させます。

毎晩、息子がもってくる絵本を二人の子どもに囲まれて読んでいたあの頃。

赤ちゃんだった娘は私の髪の毛をイジイジと触らないと眠らず、

眠りが浅い時に髪の毛を離すと、大声で泣き出し、

寝かしつけるのが一からやり直しになる神経質な子でした。

妹のそんな様子を知っている息子は、

絵本タイムがおわって明かりを落とした部屋の中で

私の手を黙って二回握るのが習慣でした。

それは

「おかあさん、まだ、起きている?」

という合図で、私も娘を起こさないように黙って

息子の手を握り返し

「おきているよ」

と返事をしたものです。何度かこの合図が繰り返されてから

息子の寝息が聞こえてくると、私はそっと娘の手から髪の毛を離し、

しばし一人の時間を過ごすのが日課でした。

そのまま一緒に寝てしまうこともあったっけ。

・・・・・・・・・・・・・・・

柔らかい小さな手で合図してきた息子の幼い心。

一体、いつから荒れてしまったのだろう?

その心を荒ませたのは、私たち両親だったのではないか。

この思いに苛まれることがなくなる日はくるでのでしょうか?

・・・・・・・・・・・・・・・・

先日、届いたあめあがりの会からの会報に

「非行は家族問題をつきつけてくることもあるけれど

それ以上に社会の問題点も浮き上がらせる」

というようなことが書いてありました。

時代や環境、本人の性格もあったと

何度も思おうとしても、やはり自分を責めたくなってしまうのが

母親かもしれないなと思ったりします。

でも、同じくその会報に

「親を泣かせた子は、遠回りしても必ず優しい心の持ち主になって

もどってくる」

とも書いてありました。

親はますっぐに育てたつもりが、

本人はくねくねと曲がってばかりで、大荒れの思春期を過ごしている息子。

いつの日か思いやりのある青年となり、

本人が「うまれてきて良かった」

と思うような人生を過ごしてほしいと願わずにはいられません。