前回書いた「信じること」の続きです。
いただいたコメントやメッセージから改めて
いろいろ考えさせられました。


信じる



でも、子ども、いろいろ仕出かす



裏切られた気分。右往左往し、場合によっては絶望。
私は何度も泣きました。どうして?って。
親としての自分も責めたり。


まあ、この繰り返しで
100パーセント、心の底から「それでも信じている」というのは
無理だと思います。親は神様ではないのですから。


自分を裏切り続けるのが「他人」だったら、あきれて怒って
関係を絶てるけれど、親子だとそうはいきません。

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学校に呼び出されたり、ましてや警察なんて縁のない
10代を送った私ですが、よーく考えてみると、
それなりにいろいろ仕出かしてきました。


40代の今の知恵があったら絶対にしなかったことも若い頃は
してしまいました。


だから10代のしかも問題児とされる子たちが
繰り返しいろいろ仕出かすのは、仕方ないことのような気がします。


一度で善処できるような立派な言動は、大人にだって難しいです。


だから親は裏切られても
「仕方ないな。アッタマにくるけれど、許そう」
と思うのが仕事なのかもしれません。


許す→また信じてみる


を繰り返せばいいのでしょうか?

親であることはホント修行です。
親をヤメたくなることもあります。

ただ、息子のような子をもって、
私は以前のように自信を持って正論を吐けなくなり、
事件を見聞きしても違う視点を持てるように
なって随分鍛えられました。

この点では「ごう慢」だった以前の私より、
今のほうがいいかな。息子のオカゲ???

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それにしても息子!

外泊が減って、在宅時間が増えたという
ひくーーーーいレベルでも進歩とするから
これ以上、私を鍛えないでね
と言いたくなる私は、やはり心からは信じてないのでしょう。

それでも、いずれ、なんとかなる大丈夫!と
自分に言い聞かせることにします。





「この子は大丈夫。絶対になんとかなっていく。
と信じてあげることが大事なんですよ。
信じてあげましょう。
信じている親を感じれば、
子どもは安定してきます。」

というのは心療内科の先生がいつも言うセリフ。

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中三くらいから息子を信じるなんてできなかった。

今度は大丈夫かなと思っても、
裏切られるという事の繰り返し。
その度に、
「この子はどうなっていってしまうのか」
と不安で仕方なかった。

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息子が小さい頃から、
つかみ所のない子だった。
私は、何かにつけ心配で
「もっと○○ができたら」とか
「もっと○○しなければ」という気持ちがあって、
その時その時の息子の姿をそのまま認めることが
できなかった気がする。


私が息子を丸ごと認めてやれなかったの
自分自身を「こんな自分でもいいんだ。」って
どうしても思えなかったからかもしれない。


そして、自分のことは諦め、息子には
たくさんの否定的な言葉を投げたように
思う。


大人だって
「君は信じられない」とか
「○○もできないの?」とか
「考え方がおかしい」とか
否定的なことを言われ続けたら、
精神的に参っていく。
親からの影響をモロに受ける
子どもは尚更だろう。

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子どもの現状を丸ごと愛している
姉夫婦の育児からは
「あなたが大事だよ。そのままでいいんだよ」
というメッセージが伝わってくる。

伸びやかに育っている甥や姪を
見るにつけ、
ああ、もう一度、育児をやり直したいと思う。

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息子は17歳で、小さい頃にはもどれないけれど、
今からでも、「信じる」ことにしよう。
だって、信頼する医師がこれだけシツコク言うのだから。

信じても、思った通りに息子が行動するはずがない。
失望させるようなことも
今後もたくさんするだろう。
その度に、怒ったりがっかりしても、それでも、
「この子はいずれなんとかなる。大丈夫」って
思うことにしよう。
裏切られても再度信じるのは、親のつとめで、
これが「愛する」ことなのかもしれない。

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そして私自身、
「いっぱい欠点があるけれど、私なりにやってきた」
と思うことにして自分を責めるのは
やめようと思う。


長所も短所も「?」の言動も含めて
丸ごと愛されることで、
人は力を得ていく気がする。








初めて、あめあがりの会に電話をしてから、もう二年近くたった。

私の訴えを真摯に聞いてくれたその人の声は低いトーンで

穏やかで温かかった。

そして、それまでに相談してきたカウンセラーや教師、

警察の少年課の人たちとは

全く違う視点の事を静かに言った。

「息子さん、彼女にすごく会いたいと思うよ。」

「息子さんは、今、とても辛いと思う。」

ああ、そんな見方があるのかと驚いた。

初めて息子サイドに立つ大人だった。

そして、

「親が育てながら伝えてきたことは、

必ず心の中に育っているから大丈夫。」

と付け加えた。

それを聞いて、私は、息子に、一体どんなことを伝えてきただろうって

自信がなくなったりもした。

この答えは今も分からなかったりする。

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私の話の途中で、その人から言われたことを、時折、

苦い気持ちで思いだす。

「○○させよう、とか、○○すべきという言い方、考え方は

今日でやめましょうね。」

当時の私は、自分の子どもなんだから、親は、ナントカして

分からせなければとか、ナントカして普通にもどさなければ

という気持ちでいっぱいだったのだと思う。

全くわかってなかったな~。

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こんなふうに優しく、でも、的確に、

たくさんの親の力になってきたその人、Hさん。

この会を立ち上げ、ボランティアベースで、

継続させてくることは並大抵のことではなかっただろう。

全国にも同じような会ができて、その力添えもしたと聞く。

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心から尊敬できる人って人生で何人に会えるのだろう。

私が、尊敬できる人は三人で、Hさんは、その三人のうちの一人。

三人とも、実行力、継続力があって、視野が広く、

利他の精神の人たちで、とても魅力的だ。

実行も継続も私は苦手だな~。


せいぜい、私も三人を見習って、年数がかかっても、

魅力あるおばあちゃんを目指すことにしよう!

そして、息子も「尊敬できる素敵な人」に

出会えるように願ってやまない。

「ウチの子のヤル気スイッチはどこ?」とかいうCMを観たことがある。


多くの親が思っているだろうことで、ウマいコピーだなあと思った。


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思えば、私のヤル気スイッチが入ったのは2回あった。


一度目は中三の春。


中一中二の理科のまとめテストでほとんどビリの成績をとった。


すると、理科の先生が言った。


「この点数は素晴らしい。これ以上減ることはない。増える一方だね。」


ちょうど「理科係」だったこともあって、その先生といつも接するので、


わからない所を聞きにいくと、


「よし!4月よりずっと分かるようになってきたぞ」


と言ってもらえた。


そして中三最後の理科のテスト返却の時、


「今回のクラス最高点は~」と先生は言った。


どうせ、又、優等生の○○くんだろうと皆思っていたと思う。


「みなみ!よく頑張った。4月はほとんど白紙だったけれど、


今回はクラス最高点です。人間やればできる!」


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でも、その努力は高校生になってからは続かなかった。


高二の頃だったと思う。父が母に


「みなみは勉強をしないし、頭もよいわけでばはない。


だから4大は行かなくていい。」


と言っているのが聞こえた。


「マズイ」と思った。父は言い出したら聞かない。


この態度では大学に行かせてもらえないんだと思った。


絶対に大学に行ってみたいと思った。


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一度目はおだて上手な教師によって、二度目は父の厳しい言葉によって、


私のヤル気スイッチが入ったのだなと思う。


比べて、ハルを思えば、大学進学は当たり前という空気の中で育ち、


もうそういうことに「お腹いっぱい」」だった気がする。


お腹がすいてないのに、次々食事がでてくる感じだったのではないかと


最近思う。


大学どころか高校も投げ出してしまった。


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私は一体何回「勉強しなさい」という無駄な言葉を言ってしまっただろう。


ヤル気がない時に、そんなセリフいくら言っても無駄なだけ。


あーあ。愚かな母だったな~。


理科の先生も父も一言も「勉強しろ」なんて言わなかった。


ただ、私の「ヤル気スイッチ」が入った時に


それぞれのやり方で背中を押してくれた気がする。


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外泊が減ってきたハル。一体彼は何を考えているのだろう?


成績不振のアキ。登校できるだけでも良しとしよう。


二人にいろいろ言いたいことはあるけれど、もう、言わない。


黙って見守る。そして、私は私で自分の人生を生きる。


これに尽きる気がする。








所用があり、観光をかねて京都にきています。

8才から60代までの女性四人で、体力も好みもやりたい事もそれぞれ違って珍道中ですが、どこへいっても桜がたおやかに迎えてくれます。

さまざまな桜に先駆けて満開になっている枝垂れ桜が、闇に浮かび上がる様子は妖しいまでの美しさ。

寺院では、ライトアップ効果で、池の水面に月、桜、五重の塔がそのまま映し出されていました。まるで鏡のようで、ゆらゆら静かに揺れる光景に引き込まれそうでした。古い家並みの坂道をそぞろ歩けば、維新の志士に会えそうな気がします。

たくさんの小説の舞台になってきた京都は、やはり本当に魅力的です。息子をおいて旅行しても楽しめるようになった私は、ずいぶん変わったものだと改めて思いました。

次回京都にくる時は、息子のことがもう少しなんとかなり、私自身も安定していたいものです。

イライラ、ドキドキ、ハラハラ、ガッカリを繰り返す雨っ子の親ごさんたちも桜を愛でる時間がありますように。

明日から又現実に戻ります!


iPhoneからの投稿

映画


「草原の椅子」を観てきました。


「最後の桃源郷でロケ」というキャッチコピーが魅力的だったのと


大好きな作家、宮本輝原作だったので、


是非、映画館で観たいと思っていました。


しかも監督は「八日目の蝉」て高い評価だった成島出。


期待大で観てみると…。


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フンザの山々にへばりつくような村での暮らしや


迫りくる山脈の雄大さ、白い砂漠の美しい曲線などの大自然を


堪能できました。


映画館で旅行できた気分です。


又、主演の佐藤浩一が人間臭くて、コミカルで、でもかっこいい50歳を


演じていていました。こういう管理職っていそうだなって感じ。


その親友を演じる西村雅彦の憎めない50歳オヤジぶりには


くすくす笑えました。


小池栄子のクレージーな母親ぶりはド迫力の怪演。


ヒロイン吉瀬美智子の飲酒シーンがとっても色っぽかった。


作品全体にそこはかとないユーモアがあり、でも涙もこぼれ、


後味のいい内容でした。原作を超えたかも。



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50年生きてくれば、後悔や葛藤があるけれど、


それを抱えながらも自分はどう生きるか模索して


フンザの大自然の中でそれぞれが答えをみつけていく


大人のファンタジーでした。


迷える50歳に送られる


「ただ、正しいと思うことを繰り返せ」という


村の長老の言葉が印象的でした。


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草原の椅子を私もみつけたいな~。