20年以上前のこと、初めて行った外国サンフランシスコの街角のTVから

カルガリーオリンピックのフィギュアスケートの様子が流れていて、

夢中でのぞきこんだのを思い出す。

伊藤みどり選手が会心の演技をしてフィナーレをガッツポーズで決めた時、

日本人として本当に誇らしく隣にいた友人と思わず抱き合った。

周囲にいたアメリカ人からも賞賛の声があがった。

その日以来、私はフィギュアスケートの大ファンとなり、

シーズンが始まると力が入ってしまう。

可憐な真央ちゃんも、完璧なキムヨナも、

色気たっぷりの高橋選手も世界のトップレベルで

戦うためにどれだけの努力をしているのだろうといつも思う。

並大抵の精神力ではない。全てを競技にかけてきたのだろう。

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安藤選手の出産が取り沙汰されている。

普段からどことなくガラス細工のような面が伺えるこの若い女性が

有名人だからといって、プライベートを公表しなければいけないのは

本当に気の毒なことだと思うが、さらに追い打ちをかけるかのように

この発表を暖かく「おめでとう」と言い切らない世論はあまりだと思う。

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周囲に祝福されて結婚し、不妊に苦しむこともなく、

子どもが順調に育って、家庭が上手くいっていて

いわゆる「正しい生き方」が出来た人にとって

安藤選手の件はセンセーショナルで

突っ込みどころが満載なのかもしれない。

でも、世の中、「正しい」ことだけでは済まないこともたくさんある。

「人生にはマサカの坂がある」と言った首相がいたけれど、

それは確かにその通りだとこの数年でよーく学習した。

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自立している一人の若い女性が恋愛をして、

その人と時を過ごし、命を宿した。

未婚で、キャリアのこともあり、悩んだかもしれない。

父の名前を公表できないかもしれない。

でも、かけがえのない命と若い母が誕生した。

それは本当に素晴らしいことだと思う。

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「おめでとう!」と言いたい。

妊娠出産の大仕事お疲れさま!

夜泣きもあって、今も大変だと思うけれど、

できれば、また妖艶な演技をみたいな。

花束のかわりに赤ちゃんをだっこして笑顔でリンクを

一周する日がくるかもしれない。

意地悪な意見ばかりではなく、こんなふうに思っている人も

たくさんいることがミキティに届きますように。

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最初からシングルマザーでも同棲カップルでも

子どもを持つ事が当たり前の事として受け入れられ、

もっと子育てしやすい環境が整う懐の深い国になっていってほしい。

そうした懐の深さが、例えば非行、仕事、結婚など、再チャレンジできる

環境にも通じていくような気がする。

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翻ってウチの息子。

自分で責任をとれないうちは避妊するように再度伝えた。

妊娠も出産も女性がリスクを背負うことになる。

このことも念を押した。

息子とは「ぶっちゃけトーク」ができるのである意味楽だ。

娘にはなんて伝えればいいのだろう?

やせっぽっちで小さい娘だけれど、「彼氏ができた」と

言う日が近いかもしれない。

夢見がちな娘に伝えるほうが難しいかも。

こんなふうに最終的には息子や娘のことに結びつく私。

全く「母」でいるのも楽じゃない。

だからこそ、フィギュアスケートの一ファンとして、

母になった安藤選手に静かにエールを送りたいと思う。
















久しぶりに近所の役所に行った。

ここに来ると私はいつも必ずのぞく所がある。

障がい者の人達が作品を売るブースがあるのだ。

クッキー、パン、シュシュ、ビーズの指輪、ストラップ、

巾着袋、小銭入れなど手作りの作品ばかりが

事務用の長机に色とりどりに並べられている。

私が作るよりもずっと上手で関心してしまう。

毎回500円でおつりが来るくらいしか買わないのに

不自由な手で作品を袋に入れてくれて、おつりを何度も確認し、

丁寧に何度もお礼を言う姿に頭がさがる思いがする。

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今日はそのブースの他に

刑務所で作られた作品が展示販売されていた。

社会復帰後を考えた「手に職」の一環のようで、本格的な物が並ぶ。

家具、食器、皮財布、木工のおもちゃ、エプロン、どれも市販のものよりも

ずっとお買い得だ。売り上げの一部は更正のために使われると書いてある。

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刑務所に入ってしまった人達。

以前だったら自分には無縁の人たちと

嫌悪を感じたかもしれないけれど

非行を経験して、180度その考え方は変わった。

どんな事情があったのだろう?

どんなふうに育ったのだろう?

家族は待っていてくれるのかな?

こうした技術で仕事があるといいな。

再犯しないといいな。

誰しも犯罪者を目指していたわけではないはずなのに

何かをきっかけで「そちら側」へ墜ちてしまう。

被害者側の辛さや喪失を考えれば簡単な事は言えない。

ただ、人は思いもかけない事で、絶対に

加害者にならないなんて言えないのはないかと

非行を経験して思う。

そして、多くは「罪を憎んで人を憎まず」なのではないだろうか?

出所後の更正する施設は善意の人の努力で

ギリギリ保たれていると聞く。

もっとそうした環境が充実して一人でも多くの人が

立ち直っていければいいのにと思う。

そのために私が出来ることを考えるには

あまりに自分が非力だけれど

せめて、こうした作品を買うことなら出来る。

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ということで

何度もあれこれ迷ってから可愛いランチョンマットを

買いました。食卓が明るくなりそうです。

そうそう、障がい者の方のコーナーで焼きたてのパンも買って

一人でパクパク食べました。美味でした。



半年ほど前のこと、姉、私、息子、娘という珍しい取り合わせで

土曜日のお昼を食べることになった。

ラーメンを食べたいという姉のリクエストに応えて、

息子が案内してくれたのは

雑多な雰囲気の昭和っぽい商店街だった。

「普段は小さい子がいるからラーメン屋さんに行けない。

今日は嬉しいな。ありがとね。」

と、姉が息子の方を見ると、息子が照れたように笑っていた。

その日、息子は午後から高卒認定試験を受けることになっていた。

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10人も入ればいっぱいになってしまいそうなお店で

カウンター内では、30才になるかならないかの青年が黙々と

働いていて、その様子から店主だと思われた。

その横で金髪にした10代の男の子がお皿を洗っていた。

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おススメだというラーメンをすすりながら、

姉が試験を受ける時の注意点を息子に話していた。

私がそんなアドバイスをしようものなら、たちまちそっぽを

向く息子が、姉の話には真剣に聞いている様子で、私はそれが嬉しかった。

息子がマトモな大人と会話することは、切なる願いだったから。

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ラーメン屋さんのちょっとすすけた壁には、

メニュー表の他に、

「格言」が書かれた色紙が何枚も飾ってあった。

どれも書きなぐったような勢いがある筆跡で、

いわゆる格調高い格言ではなく、

「マジ」とか漢字の宛て字を多用した言葉が並んでいる。

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色紙を見るともなく見ていた姉が、

「お!あれいいね」

と言って、カウンター内の店主に声をかけた。

「あれ、撮ってもいいですか?とても気に入ったので。」

精悍な感じの店主が

「どうぞどうぞ。そのかわり又きてくださいよ」

と答えると、金髪の子が小さく笑った。

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その色紙の言葉は…

「おまえの本気、その程度?」

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この言葉、この店主が考えたのかな?

で、この言葉を大事にしてお店を開いたのかな?

それとも友達が贈ってくれたのかな?

わざわざ飾ってあるということは、何度かこの言葉を

反芻したのだろう。

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子どもに伝えたいメッセージはたくさんある。

「自分が幸せだと思えるように生きていってほしい。」

「五体満足で、しかも先進国に生まれたことを感謝して

自分を伸ばしてほしい。」

「人生は何度でもリセットできる」

などなど数えきれない。

そして不思議なことに、そうしたメッセージは

常に、そのまま自分に跳ね返り、自分自身は

できているのだろうかと考えさせられる。

子どもに伝えたいことは、今の自分にとっても

必要なことだったりして

「偉そうに言えないな」

とつくづく思う。

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さて、姉の心にも響き、私も忘れられず、

おそらく店主が大事にしてきたこの言葉。

息子は覚えているだろうか?

「お前の本気、その程度?」




























家族はお寝坊していて、お弁当作りもない週末の早朝は

のんびり散歩するのにうってつけと、まとわりつく犬を連れて歩き始める。

空気が冷たくてきれいでとっても気持ちがいい。

ランニングする同世代の男性と、早足に歩く60代70代の男女が

ほとんどで、ダラダラゆっくり歩いているのは私くらいだ。

どの人も行き交う度に

「おはようございます」

と挨拶してくれる。不思議だなあと思う。

多分同じ街に住んで、でも関わりがない人達。

もし昼間、すれ違ったとしても挨拶はしないのに、

朝は自然に「おはようございます」と言えるのは

どうしてなんだろう。朝の魔力かな。

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息子のことやモロモロのことで落ち込んで、人に会うのが

嫌になっても、朝すれ違う人には気持ちよく挨拶できる。

特に年配の人からの明るい「おはよう」には

「いろいろあるかもしれないけれど、いい事もあるよ」

と優しく励まされた気持ちになる。

気分がウツウツとしたときは、「体を動かすこと、自然に親しむこと」

と医師から言われたけれど、朝の公園の散歩はこの二つに加えて

私には挨拶の効用もあるようだ。

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1時間近く歩くと、朝練に行くらしいジャージ姿の中高生とすれ違う。

息子もこんなふうに部活に行っていたなと、少し胸が痛むけれど

以前ほどではなくなって、

「若いっていいな」

とオバサンの感想を素直に思えるようになってきた。

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今日は、こども達の幼なじみの母子と2年ぶりに会う。

このママは息子をとっても可愛がってくれて

「大きくなったら、ウチの娘と結婚してね!」

といつも冗談で言っていた。非行のことは全然知らないから

話したら驚くだろうな。言えるかな?黙っているのも変だし。

子育ての何年かを密に過ごしたこのママ。

「本当はいい子だから大丈夫だよ」って

言ってくれそうな気がする。




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