今日で一週間、帰宅していませんが、一体どこで何をしているのでしょう?


お金もほとんど持っていないはずなのに、どうしているの?


食事はしていますか?寒いけれど風邪はひいてないですか?


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学校の面談にもこなかったと先生から連絡がありましたよ。


仮判定の試験結果がでていました。


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中三の夏、初めて君が家を飛び出した時、夜中の広い公園を探して、そこにたむろしていた子達も


一緒に探してくれたっけ。暗闇に吸い込まれそうな木々の中を万が一を想像しながら、歩きました。


そうしたら、団扇をパタパタあおぎながら、君が暗い公園から姿を現して、


安心と同時にすごく頭にきたものでした。


あの家出の一週間前、君はお父さんの職場に家族で行ってくれたのに、家出の前にも


君をズタズタにすることがあったね。


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あれから二年ちょっと。


お父さんもお母さんもそれなりに努力して、事態を受け入れ、君の荒れた姿も受け入れる


ようにしたつもりだったけれど、まだまだ足りないから帰宅しないの?そんなに家が嫌?


何がそんなにいけないの?君が家にいれば、皆、嬉しいのに。うざくてたまらない?


二人でむきあえば、よく話すのに、どうして?


それとも、この親には話してもわからないという無力感がある?


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三泊も外泊が続くと心配でノイローゼのようになっていた私ですが、すっかり慣れて、今は


寝てしまうことも多いです。私は18で実家を出ました。


君は今17。家をでても不思議では年なのかもね。


正式に家を出るにしても、もう少し、将来のことを真剣に考えませんか?


このまま繁華街で時間を浪費するのですか?


一度しかない人生。もっと大事にしてほしい。


まだまだ若い。いくらでもやり直しがきく。


日陰の世界ではなく明るい普通の世界でやっていけるんだよ。


そのための応援は惜しみません。


どうかそれに背をむけないで。全ては君次第。


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私は、これからは自分の人生を大事にすることにしました。


お父さんの仕事や君の進学などを最優先にしてきた今までから卒業するつもり。


だから、君も自分の人生を大事にしてください。


自分の一度しかない人生。どうか大事に考えてみて。


校長と約束したように、君がやりたいことが


あるならば全面的にサポートするつもりで私はいます。



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そろそろ帰ってきませんか?


試験、合格していたって。


どうしますか?この後?


皮膚科の診療室。ピアスをあけるグッズを前に、すっぴんで、


髪をひとつにたばねた50代と思われる女医さんが早口で私に言った。


「何個ピアスをあけますか?あなたの右耳は2コあけたほうが見た目のバランスがいい。」


「とういことは計3つになるということですか?」と聞くと


女医さんは鏡を渡して


「ほら、耳たぶの大きさが違うでしょ。右が大きい。2こあけることをすすめますよ。


一つだと落ち着きが悪い。」


そんなこと言われるとは思わかなった。ピアスを三つ?


一瞬迷ったが、不良息子と同数もいかがなものかと思い、無難に左右一つずつ、計2コにした。


女医さんは「ふたつのほうがかわいいのに」と少し残念そうだったけれど


看護士さんとも相談して、場所を決めて、ガシっとピアッシングしてくれた。


「一週間は消毒をして、三か月間はこのピアスをしてくださいね」という注意を受けて帰宅。




娘が「かわいい!!いいなあ」とめざとく見つけた。


「右に二つ」の話をすると、「確かにそうかもね。どんどんあければ?」と言う。


こんなかんじのノリで、息子もその友達もピアスの数を増やしていくのかな。


昨秋は、軟骨ピアスとやらをして、痛々しかった息子だが、今は三つまで減ってきた。


母子で数が逆転しないようにしないと!


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それにしても長い間つきあっている自分の体であっても


左右の耳たぶの大きささえ分かっていないものなのだと改めて思った。


深層心理、例えば、自分が本当に望んでいることなど、


様々な大人としての判断や状況に覆い隠されて自分でも把握ができていないのかもしれない。





ましてや息子の考えていることなんて、わからなくて当然だろう。無断外泊が続く。


どこで何をしているのか心配しきれない。でも、本当は気が狂いそうなほど心配。


それなのに、こんな状況でもピアスをあけるという新しいことができてしまうようになった私も


相当鍛えられたと思う。


あーあ、もともとタフな私だけれど、これ以上、私の精神を鍛えないでほしい。






初冬の広い公園。

鮮やかに色付いたイチョウの下では園児が戯れ、長い滑り台にはたくさんの小学生が列をなしている。

その周りを校名が入った青いジャージを着た高校生が集団で走っている。

息子が退学した当時、街で高校生を見かけると、その姿がにじんで困ったが、一年たった今、懸命に走る姿を素直に応援できるようになった。


広々と自由に遊ばせたくて、幼い息子やその友達親子と何度もきたこの公園。

繁華街ばかり行っている息子は、広い青空が見えるこの公園を覚えているだろうか。


私が制服を見るたびに胸が痛くなったように、高校を投げ出すように辞めてしまった事を息子は後悔することはなかっただろうか。


部活、大会、文化祭、体育祭、学校に行っているからこそ体験できることがたくさんあるのに、全てを失った息子。替わりに何を得たのだろう。

繁華街の雑踏ばかりではなく、時には広い公園をお日様にあたりながら、のんびり歩いたらいいのに。

息子が将来、自分の子どもを連れてここを訪れるような穏やかな日がきてほしい。




広場も遊具も花壇さえ以前と変わらないのに、時を経て幼かった息子は予想外の17才になり、若いママだった私も年月の重みを実感せざるえない年代になった。


今の私には、胸が痛くなるような小春日和の公園。

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ブラックな世界に引き込まれそうになるたくさんの子ども達が、青空の陽のあたるほうへ向かっていけるように
神様どうか守ってください。


photo:01



photo:02









iPhoneからの投稿

先日の夜遅くのこと。


久しぶりに帰宅したハルと二人で外食をした。ハルが一番饒舌になるのが二人で外食をする時。


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夫から、何度も繰り返されたハルへの躾と称した暴力。これを止められなかったことを、謝った。


私 「高学年になってから半年に一度くらいだったよね」


ハル「いや、もっと多かったと思うよ。それに半年に一度でも多いでしょ。


  小さい頃はさ、よく正座させられて怒られた。友達がきているのに正座させられたこともあった。


  あれ幼稚園の時かな?」


私「一年生だったと思うよ。私が帰宅したら、正座していて驚いてね。」


ハルの初めての記憶が夫がお皿を割ったシーンであることも謝った。





何度も夫と暴力のことを話し合い、夫の両親にも相談し、本も読んでもらって、私なりに夫にわかってもらお


うとしたけれど、ダメだったこと、リコンを提示してでも、もっと取り組むべきだったこと、暴力後、ハルが


飄々としているからあまり深刻に捉えてなかった私の鈍感さも謝った。


「ハルがお父さんになった時、同じことをしないでね。連鎖を断ち切ってね。」と言うと


「うん」とうなづいた。


「でも、最近、自分が父親に似てきたと思うんだよね」と言った。


確かに、上から目線の言い方や、物のとらえ方、人への接し方など、似てきたと思うことが多い。


「ハルからみて、お父さんの尊敬できるなと思うところは真似して、そうでない所は真似しないで


いいんじゃない?それは私に対しても一緒。初めて親をやるわけだから、私たちは完璧ではないでしょ。


自分で取捨選択していってほしいよ。」


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中2の時、闘わなかった後悔。


あの時に、学校にもっとクレームをいれるべきだったことも謝った。ハルが言った。


「あの時、担任に呼ばれてさ、あの事故もお前のせいだ、くらいの事言われたんだよ。」


えええええ?やはり。そうだったのか。


あれはハルのお陰で大事故が防げたし、ハルに全く責任はないのに。


あの担任!!!


やはりもっと守ってやるべきだった。中2のハルを。


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話の流れで、夫への愚痴にもなった。するとハルは夫の立場をかばう発言を繰り返した。


そこまで夫を擁護するのは意外だと伝えると、


「こういう時、同調すると、お母さんの気持ちが一気に傾くでしょ。


別の視点もあることをわかっておくことは大事なんだ。」


なんだか一人前のことを言うようになっていることに驚いた。17才、いろいろ考えている。


私たち両親への視点が厳しく、でも、ある意味あたたかく、ハルが父親を好きということも伝わってきた。


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今まで気になっていたことを謝ることができた。ハルはその気持ちを大体受け取ってくれた気がする。


未熟な私が、それでもその時は精一杯やってきたこと、今になって間違っていたと気づくこと


それを一度謝っただけなのに、許されるとは思わないけれど、私とハルの間の距離が縮まったような


気がした夜でした。







ユーミンのアルバム「パールピアス」の曲がラジオから良く流れていたバブルの終わり頃、


私は親友と二人でピアスをあけた。


とても大人っぽく見えたワンレン、ボディコンの同級生が


細いタバコをマニキュアの指にはさみながら「布団針でピアスをあけてあげるよ。」と


煙をけゆらせたが、私たちに、そんな度胸はなくて、今思えばとっても高い4000円を握りしめて、


皮膚科に行ったのだった。


ソバージュにしたばかりの親友とワンレン目指して前髪を伸ばしている私は


24金ピアスがあいたお互いを見て、急に大人になったような気がして満足だった。





季節が悪かったのか、私の耳たぶは赤く腫れて膿がでた。驚いて、すぐにピアスをはずすと


あっと言う間に穴がふさがってしまった。えーん、せっかくのピアスが…。


ちなみに親友は、ピアスとスーツ姿で今日も外資系でばりばり働く大人の女性になっている。


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最近、週5に増やした仕事でペアを組んでいる50代の女性。



毎日違うピアスがキラリと光っている。


朝ピアスを変えて気合いをいれているのかも。



仕事ができて、お洒落で、若手の指導にあたっている姿がかっこいい。





5日ぶりに帰宅した息子に


「ピアスってどこであけるの?ピアスあけようと思って」と聞いてみたら、


「え?マジで?」とマジマジと私の顔をみて


「慣れてないから自分でやるなよ」と言った。


「ド○キで1000円ピアス買うと、医者紹介してくれて


そこでただでやってくれるから、皮膚科でやれよ」と上から目線の指示。


親に言う口調ですかと内心思いながら、よく見ると、息子のピアスが三つに減っていた。


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店頭で見ても、イヤリングよりピアスのほうがずっと可愛い品ぞろえだ。


机の次はピアスかな~。