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娘のいじめ第三者委員会調査が始まる前頃、

娘のいじめ起因となったバスケチームのYの母親に私が言われたナイフのような言葉。


Yちゃん(加害者)は今も普通にバスケやってますよ、日本は加害者が転校する法律はないですからね、Sちゃんも〇〇(いじめ)はなかったって言ってますよ(この時のいじめでYはいじめの事実はあったと証言していた)、精神科に行ったらどうですか?薬飲んだらどうですか?


娘が学校に行けなくなっていた6年生頃に、

私が何か言ったわけでもないのにYの母親に言われた言葉。

私は一つ一つ反論したかったですがやめました…。



そのYの保護者に第三者委員会が立ちがった後に何回かすれ違いました。

会う度、相手はだいたい自転車で、笑顔で挨拶をして行きました。

ある時は、わざと私に会おうとしてるような変な動きで、数分後にまた会ったりして、気持ち悪かったです。

ある時はすごく焦った様子で逃げられたこともありました。

ある時は遠くから笑顔で会釈をしてから、横断歩道でもない車道を走って渡って逃げて行きました。




同じ、娘の第三者委員会調査が始まる前頃、

スポ少のIの母親は、私が挨拶しても無視をするようになりました。

でもその後、手のひらを返したように、

私が朝家を出ると家の前に必ずいて、笑顔で挨拶してきました。

今まで朝になんて会ったこともなかったのに、毎朝のように家の前にいて気持ち悪かったです。



スポ少のSの母親には逃げられました。



第三者委員会が立ち上がる前は加害者の味方だった保護者達が、媚を売ってくるようになりました。


加害者側の言い分を信じていたのでしょう。