震災より三月を過ぎ、様相が何もかわらない。
県政も議論を明示しきれない。議会も低徊気味らしい。。
抑が、「放射能」におおわれているせいだろう。
この間まで、福島県のふの字も知らなかった遠方の人間、知識人、文化人が突如として福島県批評家になる。
この間まで、政治のせの字もなかった近しい人間が政治評論家になる。
この間まで、原発のげの字もなかった人間が突如として原発「悪」をかたりだす。
100億投資家に翻弄され、水面下で「何」が起こっているのか、想像できないらしい。「エネルギーそれは、今も昔も金のなる木」先の大戦もエネルギーに与する。
しかし、よくもわるくも、老若男女を喚起したことは、この大震災がもたらした幸い?(災い?)だろう。
杞憂な物言いになるが、冷めないでほしいものだ。
しがない中年オヤジの私にも、青春期に動転する出来事がいくつかあった。
その一つは、大袈裟にいえば思想哲学の大転換期になった同年齢の人間が、国をおもい自ら命をたったことだった。
死の原因である、理論的支柱を忖度できるまで、それから10年はかかっただろうか。
仕事柄、若者と長い時間、会話をしなくてはならない状況にあり、様々に方便をつくす。
譬ば、政治や経済、外交や歴史といった話題も。しかしながら社会人としての情操の食指が未発達な若者がほとんどで・・・、それでも話を澎湃させる。が如何せん新聞すら読まない、ニュースすら視することがないようで、無聊となる。
であるから、仕事上はそれなりに話す内容をセーブし、お客さんに合わせるようになる。
が「竹島問題」を知らない27歳妻帯者の男性は、さすがに赦すわけにはいかない。三時間は帰れない運命となる(笑)
草食男子やら、フェミ男やら、体重を男友達にすら言えない男やらと、昭和に青春期を過ごした私には、到底理解し難い世の中になった。
だが、我々も年輩者に同じことをいわれてきた。。
異にするとすれば「戦後」的な概念の濃淡だけだろうか。
前代、昭和を知らずして、混沌とした日本から脱出する術はないようにおもう。
昭和時代と今の人は言うらしい。
昭和の時代を区分してみる。
昭和元年から昭和20年の8月15日(もしくは9月2日の降伏文書調印日)の激動の昭和初期。
9月2日からの占領軍に支配され、サンフランシスコ講和条約発効し主権を回復するまでの昭和27年4月28日 の昭和中期。
昭和27年4月28日から、昭和天皇が崩御した昭和64年1月7日までの昭和後期。
保坂正康の言を借りれば、「占領期が非常に重要だと思う。なぜならこの時期に日本は現在の民主主義を身につけたからです」と。
果たして東西冷戦以後の「民主主義国家間の平和」が、厳然たるフェアな社会で理想体を構築できたか?は、さておき、社会過程全体を通してみれば、北朝鮮よりは(分断論は省略)、ましかな、程度の思い。主権国家としての不安は否めない。
就中、未曾有の大災害で露呈した現在の日本のデモクラシズムは悲劇的なわけで…
無論、お笑いぐさでもある。
我々「民衆」は、前代歴史に学びたいものである。
軍政のアホさを見倣えば、現国政のアホさが際立つわけで…
県政も議論を明示しきれない。議会も低徊気味らしい。。
抑が、「放射能」におおわれているせいだろう。
この間まで、福島県のふの字も知らなかった遠方の人間、知識人、文化人が突如として福島県批評家になる。
この間まで、政治のせの字もなかった近しい人間が政治評論家になる。
この間まで、原発のげの字もなかった人間が突如として原発「悪」をかたりだす。
100億投資家に翻弄され、水面下で「何」が起こっているのか、想像できないらしい。「エネルギーそれは、今も昔も金のなる木」先の大戦もエネルギーに与する。
しかし、よくもわるくも、老若男女を喚起したことは、この大震災がもたらした幸い?(災い?)だろう。
杞憂な物言いになるが、冷めないでほしいものだ。
しがない中年オヤジの私にも、青春期に動転する出来事がいくつかあった。
その一つは、大袈裟にいえば思想哲学の大転換期になった同年齢の人間が、国をおもい自ら命をたったことだった。
死の原因である、理論的支柱を忖度できるまで、それから10年はかかっただろうか。
仕事柄、若者と長い時間、会話をしなくてはならない状況にあり、様々に方便をつくす。
譬ば、政治や経済、外交や歴史といった話題も。しかしながら社会人としての情操の食指が未発達な若者がほとんどで・・・、それでも話を澎湃させる。が如何せん新聞すら読まない、ニュースすら視することがないようで、無聊となる。
であるから、仕事上はそれなりに話す内容をセーブし、お客さんに合わせるようになる。
が「竹島問題」を知らない27歳妻帯者の男性は、さすがに赦すわけにはいかない。三時間は帰れない運命となる(笑)
草食男子やら、フェミ男やら、体重を男友達にすら言えない男やらと、昭和に青春期を過ごした私には、到底理解し難い世の中になった。
だが、我々も年輩者に同じことをいわれてきた。。
異にするとすれば「戦後」的な概念の濃淡だけだろうか。
前代、昭和を知らずして、混沌とした日本から脱出する術はないようにおもう。
昭和時代と今の人は言うらしい。
昭和の時代を区分してみる。
昭和元年から昭和20年の8月15日(もしくは9月2日の降伏文書調印日)の激動の昭和初期。
9月2日からの占領軍に支配され、サンフランシスコ講和条約発効し主権を回復するまでの昭和27年4月28日 の昭和中期。
昭和27年4月28日から、昭和天皇が崩御した昭和64年1月7日までの昭和後期。
保坂正康の言を借りれば、「占領期が非常に重要だと思う。なぜならこの時期に日本は現在の民主主義を身につけたからです」と。
果たして東西冷戦以後の「民主主義国家間の平和」が、厳然たるフェアな社会で理想体を構築できたか?は、さておき、社会過程全体を通してみれば、北朝鮮よりは(分断論は省略)、ましかな、程度の思い。主権国家としての不安は否めない。
就中、未曾有の大災害で露呈した現在の日本のデモクラシズムは悲劇的なわけで…
無論、お笑いぐさでもある。
我々「民衆」は、前代歴史に学びたいものである。
軍政のアホさを見倣えば、現国政のアホさが際立つわけで…