2月も中旬過ぎて梅の花が満開なのに、雪が積もりました。5センチくらいだから北国の人にとっては少ないでしょうけれど、予定がいろいろ変更になり大変です。

 いつも私の34年前の日記、読んでいただきありがとうございます。ヨーロッパに入ってからは少しとばして、日記の方は1か月早くなり一足はやく春が来ているようです。あと1か月半ほどで帰国します。ぜひ最後までおつきあいください。

 

1987年(昭和62年)3月18日(水) バルセロナ

 

 ここバルセロナ発が19時10分。それまでどこかで時間をつぶさなければならない。午前中はホテルでゆっくりし、昼前には荷物を預けてチェックアウトした。

 しばらく近くのゴシック地区でぼんやりと道行く人を見ていた。修学旅行なのか小学生や中学生ぐらいの子どもたちが多い。突然私に名前を書いてくれという子がいた。日本人が珍しいのだろうか。有名人と同じなのか?

 教員をしていた時、生徒が親しみの為か私にサインしてくれと言いに来たことを思い出した。先生たちが苦労して生徒たちに何か言っている。王の広場のコロンブスが登った階段に座って、教員時代を思い出しながらそれを見ていた。
 

 その後、その辺りにあった博物館に入ってみた。一つは下にローマ市壁の掘り出した跡、建物内には昔の王族か貴族の絵が飾ってあった。もう一つはアラゴンの館と呼ばれるところ。テイネルの間にはここバルセロナのお祭りの様子が展示してあった。

 そして昼食後シウダテラ公園に行った。天気はいいが風が強く、手がかじかんできた。4時の開館を待ってピカソ美術館に入る2か所あってどっちに入っていいかわからず、どっちとも入場料を払った。展示物は版画を中心に点数が多く、特にベラスケスの作品をピカソ風にデフォルメしたのがおもしろかった。1階のShopでは本を買いたかったが、残金が気になり絵ハガキだけにした。


 やっと夕方、荷物を受け取ってテルミノ駅へ。行けば「今日はストがあって列車は出ない」という。あぁ、それで一昨日切符を買う時にそのことを言われたのだろう。しばらくベンチに座って夫と話し合った。別に座席の予約などしていないから明日発つしかないと、また出たホテルに戻ることにした。
 

 明日何時に発つかでまた夫と口論。お互い予定外になるとすぐイライラするのだ。私は一生懸命気持ちを押さえようとしたが、とうとう息苦しくなって手と顔の一部が痺れてきた。気を取り直して、一昨日見つけられなかった日本料理店で刺身やとんかつなどのごちそうを食べたら、気分転換できた。もちろん、カード払い。〈Hostal R.Layetana〉