1986年(昭和61年)7月5日(土) フンザ

 

 夜シュラフから足を出して寝ていると、なんかモゾモゾした。しばらく痒くて眠れなかった。下に敷いていた毛布に虫がいたのだろう。朝見てみたらそれほど噛まれていなかったが、同室のエドワルドはひどかった。
 今朝私たちを起こしてくれたのはパキスタン人のバックパッカー、アシッド君。昨夜はこの宿を教えてくれたし、フンザ行きの情報を教えに来てくれた。7時発のパブリックバスとボンゴしかなかった。ろくに顔も洗わず荷物をまとめ、フンザの手前のカリマバードまで行くボンゴに乗った。
 日本製でとても快適。乗り合いだから次々と客が増えて、年取った毛唐のバックパッカーが乗ってきてさらににぎやかになる。2時間余りかかり眠りたかったけれど、眠るのがもったいないくらい外の景色が素晴らしかった。新緑がまぶしく、村が所々ある。中国側の土色でパオがある景色とは全然違う。途中雪解け水で道路が分断され、バスを降りなければならない所もあった。
 カリマバードからフンザまでは歩くと1時間ぐらいかかると聞いていた。でもすぐ、ジープが出ると分かって一人10ルピー払って乗った。フンザは眺めの良い谷にあった。


 アシッド君おすすめのHill Top Hotelに行った。ツインで150ルピーとやや高いが、中国に比べ大きな設備の違いはないのに数段サービスが良い。着いて部屋が空くのを待っている間、お腹が痛くなった。何かにあたったのだろうか。バスの中でなく、ホテルに着いてからでよかった。※当時のレート 1パキスタンルピー=13.0円
 1階の部屋が取れてやっとシャワーを浴びた後、洗濯もしてさっぱりした。水は雪解け水だからか濁っていたが、陽射しが強くすぐ乾く。シュラフも干した。ベッドでゆったりゴロゴロして過ごす幸福感を味わった。
 ここの夕食はピラフなどありなかなかおいしかった。デザートまでついてくる。夕食後スペイン人カップルとおしゃべり。私とブランカは聞く方が多かった。〈Hill Top Hotel〉