1986年(昭和61年)1月31日(金) バンコック

 

 今日の予定は買い物。船着き場まで歩いていく途中に国立劇場に寄り、古典芸能の予定を聞くことにした。
 国立劇場まで歩いて10分ぐらいなのだが、途中大きな道路が挟まり最短距離で行くことができない。右回りか左回りかというだけのことであるが、私は左回りが近いと思ったのに夫はさっさと右回りで行った。
 いつも夫は後ろも振り返らず一人さっさと歩く。私は後からついていくことになるが、何か興味を持ったりして足を止めるとき、大声で夫を呼び止めなければならない。
 その時も5メートルほど離れて私は大声で「こっちに行く」と言って左回りで行くことにした。案の定私が先に国立劇場に着いた。残念ながら今日はなくて、2日の日曜日にあることが分かった。
 もうそろそろ夫が来てもいいはずと思って待つが来ない。そこで右回りの道を後戻るが会わない。
 いやどこかですれ違ったのだとまた右回りで国立劇場まで行った。私が動いているから会わないのかもとそのあたりをウロウロして待つ。
 それでも会わないから船着き場まで行ったのだと思って20分ほどぼさっと待つ。それでも来ないからしびれを切らしてホテルに戻ったら、夫は帰ってコーラでも飲んでいた。
 宿で必ず会えると分かっていても、お互いどれだけ探しまわったかと言い争う。
 そのうちこんなことなら二人別行動をとろうということになり、夫は悪態をつきながら一人出て行った。
 1時過ぎていたので私もワットポーへ行こうと部屋を出た。昼食をとる暇も惜しく急いで行くが王宮よりもさらに南にあり遠かった。
 入り口がしばらくわからず、中に入ると大きな涅槃像があった。ただでっかいというだけであまり興味がわかなかった。
 ガイドブックは夫が持って行っているし、改装中でごちゃごちゃしていて中の様子が掴めないままウロウロしていると、金ぴかの仏像がずらりと並んだ部屋に出た。
 あまり珍しいとは思えなかったが、仏様の顔をひとつひとつ見ていくとそれぞれ違った表情があって面白くなった。
 四隅の薄暗いところに人間より大きな仏様たちに囲まれるとなんかぞっとしてしまった。怖いというよりその存在感に圧倒され何か神性のようなものを感じたからだ。
 そこでスケッチを始めた。ひとつだけなら慣れてきたが三つ四つ重なると難しい。外国人のガイドが通り過ぎるとき「彼女はここの学生だ」と勝手に言っていた。
 二人の若いお坊さんが英語で話しかけてきた。その英語が上手なこと!彼の言うことの半分ぐらいしかわからなかった。頭がいいお坊さんも多いと聞いたが。結局六時近くまでそこにいた。
 夕食は慣れたBangLamPooで。英語のメニューが置いてあるから。部屋に戻ると夫はもう帰っていて、昼とは態度がコロッと変わってふざけた調子で話しかけてきた。〈Nith Charoen Suke〉