彼は、言葉を選びながら、ゆっくりと答えた。
「その方は、あなたを援助したいのです。あなたがいま厳しい状況にあることを知っていらっしゃいますから」
彼は背広の内ポケットから手帳を取り出し、中から折りたたんだメモをつまみ出して広げた。
「大変失礼ですが、少し身辺調査をさせてもらいました」
紳士は、控えめな表現ながら、私のプライバシーを次々に暴き始めた。
一年前から失業状態であること。
妻と子供が出奔し、一人で生活していること。
借金がだいぶ残っていること。
三か月も家賃を滞納したため、大家が私のアパートに錠前をかけ、私を追い出したこと。
そのために、二週間前からホームレス状態になっていること。
「それで」と彼はつづけた。「私の依頼主様は、あなたに立ち直りのための資金を提供したいとおっしゃっているのです」
「お金を?」
「ええ、まず借金を清算し、家賃をすべて払い、新しい職に就くまでの生活費も面倒を見るというご意向です」
私は一瞬喜んだが、すぐに心の熱は冷めた。あまりに非現実的な提案だ。これは、からかわれているに違いない。そう思った。
「あなた、私を馬鹿にしていませんか? 今の世の中、誰がそんな金をただで他人にくれますか?」
「ごもっともです。でも、これは本当の話なのです。ご不審でしたら、ぜひ私どものオフィスにいらしてください。業界の老舗で、大手のクライアントがたくさんいます。実際に見ていただければ、他人をかついで面白がっているような暇な会社でないことがわかっていただけると思います」
私はあきれたように紳士の顔を見た。