家族とはこうあるべき
子供とはこうあるべき
姉とはこうあるべき

そんな考えを捨てたら

自分の中で作り上げた子供や姉としての
役柄を演じることから解放された。

親兄妹の顔色を伺ったり親親戚に
評価をもらったりすることを
やめることができるようになった。

家には帰りたい時にだけ帰り
帰りたくない時には呼ばれても
断れるようになった。

お葬式の日には役柄を演じるように
家族親戚一同の前でわざとらしい
悲しみ方をするのではなくて

私の願っている私らしい悲しみ方と
お別れをすることができるようになった。

たとえ冷酷だ・淡白だと
言われたとしても

それが私の悲しみ方・お別れの仕方であり
私らしさであり私という人間なのだ。


子供や姉としての役を放棄したら
私は冷酷でとんでもない人間にでも
なってしまうのではないかと思っていた。

でも実際に役を放棄してみたら

義務みたいに子供・姉らしく振る舞うことを
やめることができるようになったことで
人間らしさを取り戻して

更には家族への愛情が
深まっていった。

子供・姉とはこうあるべきという
考えだけではなく

父親・母親・兄・妹とはこうあるべき
という考えも捨てることができるように
なったことで

父親・母親・兄・妹に対して
理想を要求することがなくなった。

すると
"父親・母親・兄・妹は
今のままでよかったんだ"

と思うことができるようになり
家族に対する愛しさが増していったのだ。

そして何のしがらみもなく家族と
関わっていけるようになった。

今では子供や姉としての役柄を演じて
無理矢理家族と関わっていた時よりかは
家族と会う頻度も減ったけれど

以前よりも確実に家族仲が
良くなった。


もう私は子供や姉という
ロボットじゃない。

だから設定通りに
動く必要はない。

私は設定通りの子供・姉としての
人生ではなくて私の人生を歩んでいく。

私の不幸は家族のせいじゃなくて

役柄を演じることをやめる勇気を
持てない私のせいだった。

かつては
家族と言えば、、、

ただのお荷物であって
心の負担にしかならないもの

そう本気で思っていた。

でも

自分を子供や姉という自分に合わない
型から解放してあげたら

家族と言えば、、、

ありがたくて愛しい存在

そう本気で思うようになっていた。

型通りの良い子供・良い姉を演じて
良い家族を作ろうとすることを諦めたら

いつの間にか良い家族が
出来上がっていた。