今笑顔で感謝の言葉を口にしている自分は

本当に優しくて良い人? 


それが本当の自分なの?


でも私はいつも周りの人に優しくしているし

感謝の言葉も必ず口にするようにしているし


やっぱりそれが本当の私だよ。


本当の自分を分かっているのなら

何故自分のことを知りたいなんて言って

自分のことを知る方法を探し回っているの?


本当は分かっていると

思い込んでいるだけだよね。


自分は優しくて良い人だと

思い込みたいだけだよね。




自分のことを知りたいと言いながら

知るつもりなんてない。


自分のことを知るために誰かに会いに行き

従順になって何かを学んでいるつもりでも


本当は


 "貴方は優しくて良い人だね" 

"貴方を困らせてくるあの人達は

どうしようもない悪い人達だね" 


その言葉が欲しいだけ。


だから何も習得できないし

変わらないいつもの日常が

繰り返されるだけ。




私は優しくて良い人なのに

何故幸せになれないの?


まずその優しくて良い人像から離れよう。


本当の意味で自分のことを知るには

自分じゃない像を自分像である

と主張することをやめなければ

いけないのだから。


今、

これが本当の自分だ!

と思い込んでいる自分姿。


残念ながらそれは本当の自分じゃない。


狭い通路で商品を見ている誰かを目にして


 "邪魔なんだよ" 

"どけよ" 


心の中でそう呟いている。


それが自分だよ。


狭い通路で商品を見ている時に

横暴なおじさんに舌打ちをされた? 


腹立たしい同類だとも思いたくない

そう考えているそっちが自分だよ。




自分のことを分かろうとしないから

自分じゃない像を自分だと主張するために

検討違いなことをするハメになる。


どんなに笑顔を振りまいて

どんなに感謝の言葉を口にしても


それが本当の自分から

目を背けるための行為なら


自分のことを知りたいという思いに

囚われ続けるわけで


何度だって横暴なおじさんに

舌打ちをされ続けるよ。


どんなにか弱そうな被害者のフリをしても

現実は誤魔化せない。




良い人になろうとする必要なんてないわけで

良い人じゃなくても幸せになっていい。


私は優しくて良い人なのに

何故幸せになれないの? 


と言いながらやっていること。


それがもう検討違いなことなんだよ。


笑顔と感謝なんてやめよう。


そして本当の自分のことを知って

本当にやりたいと思うことをやっていこう。


そうすれば本物の笑顔と感謝の言葉が

出てくるようになるのだから。



まずは本当の自分を知り絶望して


狭い通路で商品を選んでいる相手を睨み

相手がどくのを待つのではなくて


自分が横の通路に移動してしまおう。


自分のことを知れば横暴なおじさんは

自分の中に統合されてしまい

現れなくなってしまう。


自分のことを知れば

自分じゃない像を自分だと

主張する必要がなくなって

行動が変わる。


それが現実を変えるってことであって

幸せになるってこと。




本当の意味で自分のことを分かっていたら

道に迷うことはない。


本当の意味で自分のことを分かっていたら

誰かを裁こうとか誰かと戦おうなんて思わない。


本当の意味で自分のことを分かっていたら

幸せを見失うことはない。


幸せになるのに難しいことをする

必要なんてない。


幸せになるのに誰かに


"良い人だね"

"優しい人だね"


 なんて言葉をもらう必要だってない。


ただ本当の自分のことを知っていればいい。


例えそれがどんなに残念だとしか思えない

姿であったとしても。


理想やキレイな姿を追い求める

なんてことはやめにしよう。


そんなものは本当の自分を見失う

邪魔者にしかならないのだから。


本当の自分を知るのに難しいことを学んだり

特別な能力を習得したりする必要なんてない。


本当の自分はいつだって

今ここにいるのであって


ただそれをそのまま見つめて

認めるだけでいいのだから。