こんにちは
先日は、本当にたくさんの温かいお祝いのコメントやメッセージ、
LINEやツイなど、ありがとうございました
私は本当に、幸せ者です…
これからも、大好きな皆さまと一緒に、大好きな嵐さんを応援させて頂きたいと思います
昨日は、自分にできる範囲で、復興支援の一部に参加させて頂いてきました
今年は「果てない空PJ」に参加できませんでしたが、帰宅後に、皆さまのお部屋で様々な想いを読ませて頂きました
そして、嵐さんの「歌の力」と「皆さまの温かい気持ち」に胸がいっぱいになりました
そして何よりも、ご自身が辛い思いをされたのに、亡くなられた方や大好きな故郷、大切な仲間たちのために、心を一つにし、あの日を決して忘れずに支え合っていきたいという、しろさんの温かくて大きな愛情にたくさんの力を頂きました( *´︶`*)
なかなかできることではありませんが、いざという時に、自分のことだけ考えるのではなく、「人の為に頑張れる気持ち」が、人を強くしてくれるのだと改めて思うと同時に、自分もそうありたいと感じました
嵐さんはいつも、「ああしましょう。こうしましょう」とは言わず
ただただ
「共に」 「一緒に」楽しもう
忘れずにいよう、笑顔でできることを精一杯やろう
と温かい笑顔と歌を届けてくれる
それは、どんなに辛く 希望が見いだせない状況であっても
最後に人の心を動かし、救ってくれるのは「笑顔の力」だと知っているから
智くんが以前メンバーに
どんな時でも、笑っていよう
何があっても5人で乗り越えよう
そして、この先の未来も ずっと5人でいよう
と語りかけたように、共に5人で 辛い状況も笑顔で乗り越えてきた彼らだからできること(*˘︶˘*).。.:*♡
人は一人では、笑顔になれない
それなら、みんなが繋がればいい
孤独な人を作らないように
この震災に限らず、全国で様々な被害に遭われた方がいます
また、私の大切な仲間にも、原発が原因で福島から避難を余儀なくされ、ご家族でこちらに移ってきた方がいます
その方は、最初ご自分が原発の被害者だとは、言いませんでした
だから、私達も「よく不安的な発作を起こされて、辛そうだな」
と思ってはいましたが、まさかそんな苦しみを抱えているとは思いませんでした
人の苦しみは、本当に目には見えないものです
でも、出逢ってから1年程経った時、「実は…」と辛い胸の内を語ってくれたんです
そしてその方が
「いつも何気ないことでも気にかけてくれて、本当に嬉しかったから、話そうと思った。ここで第二の人生をやり直そうと思えた」
と話してくれたんです
だからそれ以来、震災の日にその出来事を振り返るだけでなく
「日々身近にいる、目の前の助けを必要としている人に、小さくても自分のできることをしていきたい」
と思うようになりました
私も日々、皆さまの優しさに救われている
私も小さな積み重ねをしていって、それが広がれば、みんな少しずつ繋がっていくと信じて
また、嵐さんを通して 大切なことを教えてもらいました
昨夜、「忍びの国」もたくさん特集して下さった、TBSの「みんなのえいが」が最終回を迎えました
そして、何と最終回でも「忍びの国」について取り上げて下さいました
そして伊東アナは、この映画が初の担当だったらしく、最初のインタビューが智くんだったと
緊張の中、智くんや視聴者の方の優しさに救われた。ずっと忘れないというようなご挨拶をしてくれました
この番組が終わるのは、本当に悲しいですが、最終回に「忍びの国」を取り上げて下さったこと、本当に嬉しかったです
また、別の形で素敵な映画番組として、復活して下さることを願っています
8年間、本当にありがとうございました
最後に…
お友達から、私がもう2度と病気で苦しむことがないようにと
心のこもったお守りや贈り物をしてくれました
どうして皆さん、そんなに優しいの~。゚(゚´ω`゚)゚。
本当に、嬉しくてありがたくて泣いちゃいました…
さるぼぼ、可愛くて大好き
大切にさせて頂きますね
ちなみに我が家では
旦那さん「ありがたいね。これで138歳まで生きられそうだね」
「色ボケおばあちゃんになりそうだね」
旦那さん「・・・」
という会話が繰り広げられております
では、長々と失礼致しました