あの淋しい母娘は、一体何者だったのだろうか、とM子さんはふと思い出すことがある。
M子さんは、小学校までを東北のある県で過ごした。
両親は彼女が幼い頃に離婚し、そのまま母親の手で育てられたため、親娘は母方の祖母の家で暮らしていた。
晩御飯をおばあさんに作ってもらい、食べ終わった頃に外で働いているお母さんが帰って来る、そんな毎日だった。
当時は、自らの境遇を寂しいとは思わず、むしろ好きな世界に没頭できる楽しい時間がふんだんにあって嬉しい、とM子さんは感じていた。
おばあさんもM子さんのことを不憫に思っていたのか、口うるさいことは一切言わず、どんな遊びをしていても、彼女の好きにさせていたという。
とある日、M子さんは学校から戻ると、いきなり土間で倒れた。
ひどい高熱があり、顔も真っ赤になっていた。
そして、両手両足が勝手に引き攣った。
おばあさんが驚いてかかりつけの診療医に電話し、すぐにおじいちゃん先生が駆けつけて来た。
ゴム製の水枕で頭を冷やし、額には冷たいタオルを乗せられた。
そして、注射を打ってもらい苦いお薬を飲まされた。
おじいちゃん先生は、M子さんに「明日の朝にまた来るから、その時には町の大きな病院へ行こう」と言って、玄関先でおばあさんと立ち話をして帰って行った。
しばらくして、お母さんが慌てて帰って来た。
おばあさんとお母さんは、奥で心配そうに色々相談していたが、M子さんがぼんやりとその会話を聞いていると、
「あれは、ただのおこりじゃねえ。わのわらしこ時分にあったこっと同じじゃ。なんかが災いしとる」そんなおばあさんの声が聞こえた。
おばあさんは、お母さんにこう言った。
「ごむそ、呼ぶべ」
M子さんは、初めて聞く“ごむそ”という言葉が、とても怖いもののように思えた。
その夜だったのか、それとも早朝だったのか、M子さんは今となっては覚えていない。
微かな鈴の音が聴こえ、気がつくといきなり玄関先にみすぼらしい身なりをした母娘が立っていた。
母親は竹で編んだ菅笠を深く被り、顔は見えなかった。
同行してきた、M子さんより少し年下のおかっぱ髪の女の子は、薄汚れたセーターと膝につぎ当てのある黒いズボン、破れたズックを履き、小脇にボロボロのスケッチブックを抱えていた。
おばあさんはその貧しそうな親子を、たいそう手厚く家に迎え入れた。
M子さんは心の中で、“きっと、この親子がごむそなんだ”と思ったという。
おばあさんは母親のごむそに、何やら小声で耳打ちした。
「わがりもした」
と母親のごむそは口にすると、仏壇の前で正座し、不明瞭なお経を唱え始めた。
その横では、女の子がじっと頭を下げて正座している。
母親はそのままずっとお経を唱えていたが、途中から明らかに普通のお経ではない、呪文のような文言を放ち始めた。
そして、ごむその女の子がそっとM子さんの枕元に座り、手に持っていたスケッチブックに鉛筆で何やら描き出した。
M子さんの方ヘは全く目を向けず、仏壇に向かって奇妙な経文を唱える母親と、大きな目を見開きながら、手慣れた感じで絵を描き続ける娘の姿は、とても異様に思えた。
絵を描き終えたのか、女の子はスケッチブックを母親のごむそに渡した。
スケッチブックを手にした母親のごむそは突然、M子さんにこう言った。
「きつね玉ば、どっがら持って来た」
M子さんは、なんのことかわからず、返答できずに困っていると、母親のごむそはおばあさんにスケッチブックの絵を見せた。
今度はおばあさんがM子さんに、女の子が描いた絵を見せると、
「M子、こんばきつね玉、どこにやったがや」
と、厳しい口調で詰め寄った。
M子さんは、その絵を見て驚いた。
そこには、白い着物を着た狐の顔をした女が描かれており、その女の手には小さな丸い玉が持たれていた。
“あれだ……。あの時、持ち帰った玉がきつね玉だったんだ!”
数日前、学校の帰りに裏山のお稲荷さんに遊びに行った時、祠の前でキラキラ光るビー玉のようなものを見つけて、拾って帰ったことがあったのだ。
その時、M子さんは全てを理解したという。
しかし、どうしたことかM子さんの体は動かず、口もきけなくなっていた。
おばあさんの方を見て、ただ口を弱々しくパクパクさせるだけのM子さん。
すると、ごむその女の子が突然、腕を大きく上げて、M子さんの勉強机を指差した。
母親のごむそが、「あの机の中にあるだ」と言うと、おばあさんはM子さんの勉強机の引き出しを開けて、中からきつね玉を見つけ出した。
「これは、人が持って帰ったらいけんものじゃ。元さあった場所に返しておきない。この玉がないと、狐も人を化かすことができんと困っちおるが」
母親のごむそは、おばあさんにそう伝えた。
ごむその母親は、娘と一緒に再び仏壇の前に座って、何やらお経を唱えていたが、拝み終わるとその場を離れ、ふたりして玄関に向かった。
おばあさんはごむその母親に、半紙に包んだお金のようなものを手渡そうとしていたが、母親は「めいわぐだ」と言って受け取ることを固辞し、土間先で押し問答が続いたが、しばらくするとその半紙を手にし、ごむその母親は何度も頭を下げて帰って行った。
その時、ごむその女の子が寝ているM子さんの方を向き、笑顔で、
(バイバイ)
と、口を動かすだけの言葉にならない“さよなら”を言って、小さく手を振った。
その後のことはあまり記憶にないというが、お母さんとおばあさんが裏山のお稲荷さんの祠に、持ち帰ってしまったきつね玉を返しに行ったことは間違いない、とM子さんは思っている。
なぜならその翌朝、おじいちゃん先生がM子さんを町の大きな病院に連れて行くため、クルマで迎えに来てくれたときには、M子さんの高熱はすっかり治っていたからである。
成人してから、あの出来事を思い出したM子さんは、高齢となった母親にごむそのことを聞いてみたが、母親の記憶からは全てが抜け落ちているようで、「それはお前が、高熱を出して幻覚を見てたんだよ。そんなことなんて、うちではありゃしなかったよ」の一点張りであった。
しかし、今でもM子さんは、あの不思議な母娘のことを忘れることはないという。
ごむそとは、ごみそ、ごむそうとも呼ばれ、津軽地方を中心に信仰を持つ巫者とされる。
イタコとは違い目の見える者もいて、祈祷、卜占などを生業とする。
イタコのように師匠について修行し、業を取得するのとは違い、本人が突然神がかり、その能力に目覚める者が多く、一種のシャーマンのように捉えられている。
ちなみに、ごむそを漢字に当てると「御夢想」となる。
この世の外側にいるような彼らの存在にふさわしい、孤高で儚げな字面である。