雨が降っていたが、その日はずっと家にいたので、気分転換にと外へ出てみた。
夜といってもまだ8時だった。
100均で買ったビニール傘を差し、コートを羽織って裏道を歩く。
この裏道には金木犀が何本も植えられていて、あたり一面に芳香が漂っている。
そんな小径を抜けると、その先にはささやかな商店街があるが、そこに老舗のJAZZ BARがあった。
マスターは若い頃からJAZZのお店を経営しており、自分はこのマスターと音楽以外の映画や文学の話をするのが好きだった。
ドアを開けると、ビンテージのドア鈴の音が店内に響き渡る。
まだ客は、誰も来ていないようだ。
カウンター内からマスターが手招きして、カウンター席に座るように合図をする。
指定された椅子に座って、ジンをロックで注文。
またこの席が、マスターと会話するのにちょうどいい位置なのである。
「今夜は雨なので、おそらくそれほど客は来ないと思います。まあ、ゆっくりしていってください」
と、マスターが言った。
オーネット・コールマンの『The Shape of Jazz to Come』 がかかった。
自分がまるで、ヌーヴェルヴァーグの映画の中の、張り込みをしている私立探偵のような気分になる。
「そういえばコールマンって、デヴィッド・クローネンバーグの映画『裸のランチ』の音楽に参加していましたよね」
と自分が言うと、
「そのサントラ盤ならありますよ」
そう言ってレコード棚からレコードを取り出し、早速かけてくれた。
「映画はあまり印象にはないんですが、このサントラはいいと思いますね」
とマスターが話す。
それから、バロウズやケルアック、日本のビートニク詩人らの話題になった。
「当時、六本木あたりにビート族っていうのが集まっててね、新しいカルチャーの波に乗ろうとしたんでしょうけどね」
などとマスターが話した。
こういう風に、音楽からまた別のジャンルに話題が移っても付き合ってくれるのが、このマスターのよさである。
しかし、当時のビートニクを知っているなんて、この人はいったい何歳なのだろう。