降り続く雨がやむのを待って、コスプレイヤーのT子は散歩に出かけた。

 

 ときおり霧雨が流れてくるので、コスプレのイベントで使う蛇の目の傘を差した。


 

 街は、ただ静かだった。

 

 T子の方に向かって、小柄な老人が傘も差さずに歩いて来た。

 

 陰気そうなその老人は、何やら独り言を呟いている。

 

 老人とすれ違った瞬間、T子は激しい違和感に襲われた。

 

 振り返ると、老人の姿はもうそこにはなかった。

 

 T子は、ポケットの中にあるお守りの水晶玉を握りしめた。

 

 彼女は、人には見えないものが視えるという、いわゆる“視える人”であった。

 

 そのまま近所の小さな公園の前を通ると、ひとりの女性の後ろ姿があった。

 

 女性はそっとかがみ込むと、その前に何かを置いた。

 

 それは、トレーに乗せられたネコのエサだった。

 

 T子は、何気なくその後ろ姿を眺めていた。

 

 しばらくすると、どこからか2、3匹のネコが現れて、そのエサを食べ始めた。

 

 ネコはお腹が空いていたのか、猛烈な勢いでエサを食べた。

 

 その時、T子の目には別の光景が映った。

 

 空中から1本の細い腕が現れて、その手がネコの体を撫でていたのだ。

 

 もちろん、手はエサやりの女性のものではなかった。

 

 女性はその腕に気づかないようで、嬉しそうにネコを見つめている。

 

 しかし、ネコはそれに気がついているみたいで、時たま腕のある方を見上げていた。

 

 

 最近、T子に電話で聞いた話である。

 

「結局、なんだったの?」

 

 自分はT子に質問した。

 

「生前、ネコが好きで仕方なかった人なんだと思うよ。多分、自分もノラにエサをあげたりしていたんだろうね。それで寄ってきて、ネコに構っているんだ」

 

 T子が答えた。

 

「エサを与えている人は、気がついていないのかな」

 

 自分がそう言うと、

 

「薄々は、わかっているんじゃないかな。でも、別にその人に危害は加えないから大丈夫。ただネコが好きで寄ってきているだけだから」

 

「腕だけしか見えないって、どういうことなの?」

 

 T子に尋ねると、

 

「腕だけとか足だけの霊って、もうわずかしか力が残ってなくて、しばらくしたら消えて行ってしまう霊なんだ。だから、その人は最後の力を振り絞って、自分が好きだったネコのことを、精一杯の力で、撫でてやっているの」

 

 そうT子は話した。

 

 

 ※過去記事に、加筆修正したものです。