最近見た夢の話である。

 

 

 顔を真っ白に塗ったバレリーナ姿の少女が、ルルベの姿勢で舞台中央に踊りながら現れる。

 

 少女は、手にオランウータンの頭蓋骨を持っている。

 

 その頭蓋骨は、側頭葉の片方が割れて穴が空いている。

 

 そして少女は両手を使って、その頭蓋骨の顎を動かしながら、腹話術師のようにこちらに話しかけてくる。

 だが、実は頭蓋骨が本体のようだ。

 

「何を聞かせてほしいのかね」

 

 頭蓋骨が喋った。

 

「じゃあ、サルから人間に至る進化の過程を聞かせてほしい」

 

 と自分が言うと、頭蓋骨は、

 

「進化という表現はおかしいな。変化というべきだ。それは全く予測しない形で起きたことだから」

 

 歯をカタカタ言わせながら、頭蓋骨は語った。

 

「じゃあ、その出来事を聞かせてくれないか」

 

 自分が頼むと、頭蓋骨はこんな物語を話し始めた。

 

「それは事故だったんだよ、最初はね。ある1匹のサルがいて、木から落ちて頭を打ってしまった。たまにあるんだけどね、“サルも木から落ちる”っていうやつさ」

 

 そう言って頭蓋骨は、カタカタと笑った。

 

「その時に、サルは側頭葉を打ったというんだな。それで、通常は死ぬはずのサルなんだが、そいつはそのまま生きながらえたんだ」

 

「側頭葉とは、“神のモジュール”のことか」

 

 自分がそう言うと、頭蓋骨は、

 

「そう、そしてそのサルは知覚に異変を覚えた。見えないものが見えたり、思いもよらないことがわかるようになった。そうなんだ、全ては偶然だったんだよ」

 

 と、語った。

 

「そこから、サルが”変化”したというのかね」

 

 自分が問うと、頭蓋骨は続けざまこう話した。

 

「そして、そのサルは自分と同じ体験を他のサルにもさせたくなったんだよ。それで、他のサルを捕まえては、同じように側頭葉に穴を開けた」

 

「手術したのか」

 

 自分が驚いて口にすると、

 

「そうだ、そのまま死んでしまうヤツもいたけど、生き延びるヤツもいた。そして、その特異な頭脳を持ったサルの集団が、手術によって持ち得た知能を使って、自分たちの集団を作って行ったんだ」

 

 頭蓋骨は虚ろな目をこちらに向けて、そんなことを語った。

 

「しかし、仮にそんな集団が生まれたとしても、自然の中で生き残るのは難しいのではないのか」

 

 自分は、私感を述べた。

 

「なあ、君たちの思っている進化ってさぁ、何万年もの時を経て生物が変化して行くものと思っているだろう。でもな、実際にはたった数百年で進化は起きるんだぞ。牙の消えたメスのアフリカゾウの話を思い出せよ。密猟者から逃れて生存率を高めるために、アフリカゾウは数十年で牙が消えて行ったんだぜ」

 

 頭蓋骨が、ご満悦の様相でそう語った。

 

「奴らは持ち前の知能を使って、素早く環境に順応した。そして、他のサルたちとは違う道を歩んだのさ。知能を使って生き延びるという選択だ」

 

 頭蓋骨がそんな話をしているうちに、自分はこの話には穴がある、と感じた。

 

 ではまず、仮にそんなサルの集団がいたとして、それが存在したというエビデンスはどうなのか。かつて、頭蓋骨に穴を開けられたサルの骨が見つかったのか。考古学には疎いが、そんな話はあまり聞かない。

 

 すると頭蓋骨は、自分の考えを読んだように、こんなことを話し始めた。

 

「そのサルたちはな、自分たちの仲間の死骸を石で粉々に砕いたんだ。恐らくは別の集団に見つからないように、そこにいた痕跡を消したかったんだろうな」

 

「サルがそこまでするものだろうか」

 自分は、疑問をぶつけた。

 

「たまに、頭に穴の空いたサルの化石が見つかるが、学者はそれを怪我をして穴の空いたものか、歯の病気で穴が出来たくらいに思って、ちゃんと検証してないのじゃないか」

 

 頭蓋骨は、優位に立ったように、そう話した。

 

「あとな、そんなサルたちは石器などの道具を使うようになったんだけどな、その初期段階は自分たちの骨を加工するところから始まっているんだな。そこから、手先が器用になって行ったわけさ」

 

 頭蓋骨はカタカタ笑いながら、そんなことを語った。

 

「つまりは、人類の文明のルーツは、自分たちの骨刻みからスタートしていることになるんだ」

 

 

 自分は、もっと頭蓋骨に聞きたいことがあったが、いきなりバレリーナの少女の姿が左右に歪み始め、走査線が乱れたテレビ画像のようになって、そのまま頭蓋骨もろとも消えてしまった。

 

 

 そこで目が覚めたわけだが、それにしてもどうしてこんな夢を見たのだろうか。

 

 そしてそのあとで、こんなことを想像する。

 

 それは、もしかしたら今でもそんなサルの集団が、人間に見つからないよう森林の奥地に潜んでいるのかもしれない、という妄想であった。

 

 

 

 ※過去記事に、加筆修正したものです。