雨の三軒茶屋もいいものだ。

 

 傘を差して、三茶の街を歩く。

 

 久しぶりに会う友人が、ここを指定してきたのだ。

 

 

 古い雑居ビルの建ち並んだ狭い路地を抜けようとしていると、どこからかサックスの音色が聴こえてきた。

 

 自分は、どこから聴こえて来ているのだろう、と周囲を見回してみたが、どこかの屋上から響いて来ているように思えた。

 しかし、その場所に関してはとんと見当がつかない。

 

 その時、急に懐かしい思いに駆られた。

 この音色は、キャンパスの片隅にあったプレハブ小屋から聴こえて来ていた、誰かが楽器の練習している音色と同じだ。

 

 

 だが、この雨なのに、と思う。

 雨の降っている日に、わざわざ屋上で楽器の練習などするものがいるのだろうか。

 

 ビルの間に立っていた自分は、傘をたたんで、雨空を見上げた。

 

 しばらくすると、その雑な音色はいきなり上達したかのように、『上を向いて歩こう』のメロディーに変わっていた。

 

 

 最終的に、どこからサックスが響いていたのかは、わからないままだった。