ずっと昔の知り合いに、Yさんという人がいた。

 

 Yさんは、東京の一等地に事務所を構え、輸入雑貨の仕事をしていた。

 

 当時は、まだネットなどなかった時代なので、Yさんが直々海外へ赴き、おめがねにかなった商品を仕入れては、雑貨屋や衣料店などに下ろして商売をしていた。

 

 独特のセンスを持った人であり、彼が買い付けてきた商品は、若者たちの間で評判となり、ちょっとしたブームになったこともあった。Yさんは、ある種の目利きだったわけだ。

 

 おかげでバブル景気の頃には、都内にマンションを何軒も所有し、大きな倉庫まで構えていた。

 

 しかし、バブルが崩壊し、その反動は真っ先にYさんの元にやってきた。

 

 Yさんは金食い虫の出版にも手を出していたのだが、それがアダとなったようだ。

 

 都内の倉庫には、出版の返品・在庫が山積みされ、マンションは全て抵当に入り、最終的には事務所をたたんで、その倉庫の一角にデスクを置いて、ひっそりと営業していた。

 

 その当時のYさんは、一等地から墓地裏にある古びた1軒家の2階に引っ越して、そこを根城としながら、起死回生を図っていた。

 

 その頃、そんなYさんからよく電話をもらった。

 

 家が近くだったこともあったが、おそらく話し相手が欲しかったのではないだろうか。

 

 自分は、Yさんの世間離れした、どこか奇妙なところが好きでもあり、気にもなっていた。

 

 ある日のこと。

 

 Yさんから、駅前の喫茶店に呼び出された。

 

 Yさんは、5月だというのに、首には太いマフラーを巻き、分厚いコートを羽織っていた。

 

 時たま、ゴホンゴホンと咳き込んでいたので、風邪でもひいていたのだろう。

 

「おう、久しぶり。俺、今さっきまで、親父と会っていたんだよ。ほら、窓の外に歩いている人がそうだよ」

 

 と言って、窓ガラスの向こう側を指差した。

 

 その指の先には、雑踏の中をゆく腰の曲がった白髪の老人の後ろ姿があった。

 

(この人にも、ちゃんと親御さんがいたんだ‥‥‥)

 

 と、妙な感心をしたことを覚えている。

 

 そして、コーヒーを飲みながら、Yさんの話を聞かされた。

 

 事業がうまくいっていない、という事。そして、付き合っている彼女から、悔い改めなさい、と言われた、などという話。彼女はクリスチャンなのだという。

 

 1時間ほど、そんな気の滅入る話を聞かされて、結局なんら実りのある話題も出ずに、じゃあまた、ということになった。

 

 それからしばらく経って、ふとYさんのことを思い出した。

 

 あの時の様子からすると、かなり調子が悪そうだったし、何か力になれるようなことがあったら、協力してあげようと思い、会社に電話をかけてみた。

 

 すると、その電話はどこかに転送されて、そこからは女性が出た。

 

 ちょっと様子が変であったが、とりあえずはこう口火を切ってみた。

 

「あの、Yさんの会社でしょうか」

 

 すると、電話の声は、

 

「Yは亡くなりました。私はYの姉です。会社は倒産して、電話はうちに来るようになっています」

 

「いつ亡くなられたんですか」

 

 と自分が聞くと、7月だという。そうすると、あの2カ月後には亡くなっていたことになる。

 

 電話に出たYさんのお姉さんには、自分は怪しいものではなく、Yさんと仕事などでお付き合いがあり、つい数カ月前にも駅前の喫茶店でお会いした、などと話した。

 

 すると、お姉さんは、

 

「その時、弟はどんな話をしていましたか」

 と尋ねてきたので、

 

「そうですね、事業がうまくいっていないとか、そういう‥‥‥。そういえば、お父さんに会ったっておっしゃっていました。ちょうど私と会う少し前に、同じ喫茶店で」

 

 そう話すと、お姉さんは急に黙り込んだ。

 

「‥‥‥そんなことを言っていましたか。それはおかしいですね。だって、父はすでに亡くなっているのですから」

 

 その話を聞いて、自分は微かな戦慄を覚えた。

 

 それからしばらく、お互いに沈黙が続いた。

 

 そのとき、香典をお渡ししたいと思い、Yさんのお姉さんのご住所を伺ったが、お姉さんは「気を使わないでください」ということで、教えてもらえなかった。

 

 結局、Yさんの事はうやむやになってしまい、自分の中ではほとんど忘れ去ってしまっていた。

 

 そんなYさんのことが、先日なぜか急に思い出され、ネット上にYさんの話題でも出ていないだろうかと、Yさんの名前を検索してみた。

 

 すると、1件だけどうやらそれらしき記事がヒットしたのである。

 

 その記事によると、書き手はYさんのご友人であるらしく、海外旅行で知り合った人のようだった。

 

 やはり、その方も奇人変人の類であるYさんの思い出を、面白おかしく書かれていた。

 

 そして、その中にYさんが死去されて、ご親族から連絡が届き、出張に絡めてお墓参りをした、というような話が出てきた。

 

 それによると、書き手の人をYさんのお父さんが迎えにきて、墓に案内してくれた、とあった。

 

 ここでまた、奇妙な気分に陥った。

 

 Yさんのお姉さんによると、お父さんはすでに亡くなっているはずではなかったのか。

 

 自分は混乱した話を、うまく整理しようと思ったが、すでにもう何十年と時を経た出来事であり、おそらくYさんのお姉さんとも連絡は取れないだろう、と思い至った。

 

 その記事にしたって、すでに20年以上前のものであった。

 

 全ては、変わり者のYさんが最後に仕掛けた奇譚だったのだろうか。

 

 

 ※過去記事に、加筆修正したものです。