日が暮れると、そぞろ人恋しさを覚える。

 

 しかしそれは漠然としたものであって、本当はそうでないのかも知れない。

 

 

 夕暮れどき、そんな思いを抱きながら自転車を走らせる。

 

 薄暗くなった街に灯る、商店街や家々の明かりを頼りに。

 

 

 ふと、商店街のはずれにある古本屋の明かりが目に付いた。

 

 こんな時間に、どんな人がここにいるのだろう、そんな興味もあって中に入った。

 

 店内には常連さんらしき男性が丸椅子に座って、年老いた店主と灯油ストーブの前で雑談している。

 

 閉店までにはまだ少し時間があるようなので、面白いものでもあれば買って帰ろう、と何気に書架を覗いた。

 

 それは偶然だったのだろうか、100円均一のコーナーに自分の知り合いの名前を見つけた。

 

   当時、Yちゃんと呼ばれていた彼女はライターの仕事に就き、多忙にしているようなことを伝え聞いていた。お互いに20代の頃の話である。

 

 そんなYちゃんが、仕事の時に使っていたペンネームで、大手出版社から単行本を出していたのだ。

 

 中を確認するとやはり彼女で、本は食や美容に関するものだった。

 それでも、友人が著作を出していたということは素直に嬉しかった。

 

 他に彼女の本はないかと探してみたがこれしか見当たらず、自分は100円を払いその店を出た。

 後ろからは、常連さんの大きな笑い声が響いていた。

 

 

 自分はそのまま、薄暗い坂道を下り、たまに伺っている定食屋に向かった。

 

 遠くにポツンと、看板の明かりが見える。

 本当に久しぶりだったが、お店は相変わらずやっているようだ。

 

 店内に入ると、灯油の臭いがした。

 ここもまだ灯油ストーブを使っているようだ。ストーブの上にはアルミ製のヤカンが乗せられ、シュンシュンと湯気を立てている。

 

 自分が今夜の最初の客のようで、いつもは無口な女将が、

「おっ、おひさね」

 と、笑顔を見せた。

 

 自分は、寒い時期によく頼むおでん定食を注文し、買ってきた単行本をパラパラとめくった。

 

 奥付を見ると、発行の日付は今から25年近くも前となっている。

 

 それでは……、それから彼女はどうしたのだろう。

 今でもまだ、ライターの仕事は続けているのだろうか。

 

 友人関係からはその後、彼女の名前を聞くことがなかったし、もしかしたら今頃はどこかで静かに暮らしているのかも知れない、とぼうっと思った。

 

「あいよ、おまち」

 と渋い声で、女将が湯気の立ったおでんを持ってきてくれた。

 

 

 家へ帰って、着ていたコートを脱ぐと、ちょっと灯油の臭いがした。

 

 古本屋と定食屋、一体どちらで沁み着いたものだろうか。