とある酒場で、ライターのOさんと霊能力者を自称するSさんが会話をしていた。

 ふたりは、このお店で知り合ったのであった。

 

「Sさんは以前、龍を呼べるって言ってましたよね」

 と、Oさん。

 Sさんは龍を呼んで、お店に「付ける」ことができるというのだ。

「付ける」というのは、「憑ける」とでもいうのか、その場所に龍を住まわさせるのである。

 そうすると、そのお店はたちまち繁盛するという。

 まったく、奇想天外な話ではある。

 

 これをSさんは、流行らない飲食店経営者に頼まれて、たまに行っているそうだ。

「この店にも付けてあげたんだよ。あれ?……おい、マスター。龍にちゃんと朝晩、お水をあげてる?」

 と、周囲を見渡しながら、マスターに声をかけたSさん。

 マスターが、笑顔でこういった。

「ええ、あげてはいますが、お客の入りはあいかわらずで……」

「そりゃ、そうだよ。龍がいなくなっちゃってるじゃないか」

「えっ!」

 とマスター。

 

「しかたないなぁ、店の鬼門と玄関はきれいにしとけって言ってたのに、こうだもんなあ……」

 といって、Sさんは入り口に敷かれたマットの汚れを指さした。

「うわ、やばい! ポチ、いなくなっちゃったんだ!」

 と、マスターが驚いて叫ぶ。

「なんだよ、そのポチって。龍にそんな犬みたいな名前を付けるから、へそ曲げて出ていったんじゃないのか」

「いやー、ペット感覚で付けてみたんですが……」

 こんな会話を横で聞きながら、Oさんは苦笑するしかなかった。

 

 その時、ふとOさんがこんなことを提案をしてみた。

「ねえ、Sさん。龍がいなくなったのはわかったけど、龍以外のものを呼び込むことはできないんですか?」

「例えば?」

 とSさん。

「例えばですね、東北に伝わる座敷わらしとか……。座敷わらしも、いるとその家に幸運や富をもたらすんでしたよね。龍が呼べるんでしたら、座敷わらしだって……」

 Sさんはしばし沈黙したが、

「ああ、座敷わらしね。呼べるよ」

 と、あっさり言い放った。

 

「座敷わらしが呼べるんですか!」

 Oさんは、驚いた。

「なんか、口から出まかせ言ってません?」

  とマスターがツッコミを入れる。

 

「なに言ってるんだ。じゃあ、今から呼んでみようか」

 急にそのような展開になり、Sさんはカウンターに顔を埋めた。

 これは、精神を集中するための儀式のようなものらしい。

 しかし、他から見たら単なる酔っ払いがカウンターに顔を埋めているようにしか見えないのである。

 

「今、この近所に座敷わらしがいるかどうか、確認しているから」

 と言って、Sさんはカウンターにさらに顔をグッと近づけた。

 Sさんの霊感センサーが働く。

 それにしても東京のど真ん中に、はたして座敷わらしはいるのだろうか。

 

「うわー、本当に来るのかな…」

 マスターが不安そうにしている。

 マスターの奥さんのTちゃんも奥から出てきて、事の成り行きを静かに見守っている。

 

 お店には徐々に、異様な緊張に包まれていった。

 

 霊能力者のSさんは、カウンターに自分の顔を大きく近づけながら、片手を丸めて円のようなものを作り、それを覗き込んでいる。

 何をやっているのかはわからないが、じっとそこを覗いている。

「おお、いたぞ。この近所に座敷わらしが」

 と、叫ぶSさん。

 

「いましたか!」

 と、座敷わらしを呼ぶことを提案したOさんは、驚きを隠せなかった。

 やがて、祝詞のようなものをぶつぶつと唱え始めたSさん。

 マスターも奥さんのTちゃんも、ことの成り行きを見守っている。

 

 静かな緊張感が、お店を包み込む。

 しばらくすると、いきなり風が吹き始めた。

 玄関の扉が、ガタガタと音をさせる。

「もう少ししたら、座敷わらしが来るよ。あと10分だな」

 と、Sさんが悠然と言い放った。

 強い風が、玄関の扉を激しく叩いた。

「ひっ!」

 驚くTちゃん。

 

「おお、来た来た。Oさん、ドアを開けてみてください」

 と、指示するSさん。

 Oさんはこわごわ扉を開けたが、そこには何もいなかった。

 しかし、Sさんは玄関に近づくと、下の方をじっと見つめている。

「おっ、店に入ってきたぞ」

 と叫ぶSさん。

 そして、何かの後を追うようにして、厨房の中にズカズカと入っていった。

 

「今、座敷わらしが厨房に入ったよ」

 と、Sさん。

「えー、ずいぶんやる気のある座敷わらしですね」

 と、マスター。

 Tちゃんは、おそるおそるカウンター越しに厨房を覗き込んでいる。

「これで完了だ」

 と、Sさんがつぶいやいた。

 

 その後、“お供え”と称するお店からの無料提供ビールを美味しそうに飲み干し、Sさんは帰って行った。

 

「なんか、変なことになっちゃったね」

 と、Oさんがマスターに言った。

「でもまあ、いいことなんじゃないでしょうか、ね?」

 と、Tちゃんに振るマスター。

「そうですよね、きっとそのうち、いいことあるかもしれないですからね」

 とTちゃんは、少し嬉しそうに言った。

 

 それから、しばらくしてOさんは再びお店を訪れてみた。

「マスター、その後どう?」

 奥からニコニコして出てきたマスターがこんな話をし始めた。

 

「実は、あの後からなんですけど、僕たちはお店の二階に住んでいるんですけどね、ふたりともお店にいる時に限って、二階で何かが走り回る音がするんですよ」

 Tちゃんも出てきて話に参加する。

「そうなんですよ、お客さんはネズミだろうっていうんだけど……」

「ネズミって、あんな大きな音しないよね」

「かといって、人間の大人が走り回るほどの大きな音でもないんです」

 と、Tちゃん。

「ちょうど、小さな子どもが走っているくらいの音なんですよ」

 

「へえー、やっぱり座敷わらしが居着いたのかな」

 と、Oさんが関心するように言う。

「そうそう、そういえば僕たちが二階で寝ていると、朝早く玄関先をホウキで掃く音が聞こえたんですよ」

 マスターが、真剣な表情で語った。

「下に降りて行ったら、玄関先に放置してあったホウキが、ちゃんと玄関の前に立てかけてあって、あれっ、て思ったんですけどね」

「それは、座敷わらしが、ちゃんと玄関を掃除しとけよと、メッセージしているのかも」

 と、Oさんが言った。

「そうなんですよ、そうTちゃんも言っていました。だから僕、最近店内やお店の周辺を含めて綺麗にするようになったんですよ」

「彼、急に掃除に目覚めたんです」

 と、Tちゃん。

「僕はもともと綺麗好きだし!」

「そうだったっけ?」

 OさんとTちゃんは大笑いした。

 大都会の一角にある、若夫婦が経営する小さなお店に、さっそく座敷わらしが招いてくれたのか、明るい笑いが漏れた。

 

 ただ、気になるのは、座敷わらしがいなくなってしまった家は、家運が衰退するというのだが、お店に居着いた座敷わらしが、どこかの家のわらしだったとしたら……。

 

 

 ※過去記事に、加筆修正したものです。