最近見た夢の話である。
自分は日差しの強い午後、人気のない昭和初期を思わせるオフィス街を歩いている。
正面から太陽が激しく照りつけていたので、思わず腕で目を覆った。
そんな自分の後ろには、長い影が伸びていた。
そのまま前を進もうとすると、後ろから何かが引っかかって先に進めない。
振り返ってみると、自分の後ろをつば広の帽子をかぶって日傘をさした女が、ハイヒールの音を響かせながら足早に立ち去ってゆくのが見えた。
その女は、小脇にクルクルと巻かれた黒いカーペットのようなものを抱えている。
不審に思いながらも先を歩いてゆこうとしたが、体がどうも軽すぎて、足元が数センチ浮いているように感じた。
おかしいと思い足元を見ると、なんと自分の影がそっくり消えてしまっている。
(あの女め、影を盗んだな)
そう気がついて、女の後を追いかけたが、女はビルの角を曲がると、スッと姿を消してしまった。
女の抱えていた、カーペットのように見えた影の頭頂部には、小さな穴が空いていた。
おそらく、女が自分の履いているハイヒールの踵で、影を踏みつけた時にできた穴であろう。
そのようにして、人の影を盗んでいるのだ。
(しかし、困ったことになったな。影がなくなってしまうと体の重力が失われてしまい、空中に浮いたまま生活することになってしまう)
頭を抱えながら歩いていると、レンガ塀に『影売ります。あなたにぴったりサイズの影を取り揃えております。影屋』という貼り紙を見つけた。
自分は早速、その「影屋」の住所を訪ねた。
薄暗い店内には、丸い銀縁眼鏡を掛けた長いあごひげを生やしたハゲ頭の男がおり、入手したばかりだと思われる影にアイロンを当てていた。
「この店で影を売っていると聞いたのですが、私に合うような影はありますか」
自分は、警戒気味に男に尋ねた。
男は、自分の上から下までをじっくり眺めながら、こう言った。
「今、ちょうどお客さんにぴったりの影が入荷いたしておりますよ。身長も合うかと思います。ちょっとサイズを測ってみますかね」
そう言いながら男は、メジャーを靴の踵に当て、頭頂まで一気に引っ張った。
「まさに、ぴったりのサイズですね。これも何かのご縁ですから、勉強させていただきますよ。いかがですか」
自分は仕方なく、その胡散臭い男から影を買うことにした。
「それでは、表に出ていただけますか。あなたにこの影をインストールいたしますので」
(ほお、インストールときたか)
自分はそう思いながら、店の表に出る。
男は、本来あるはずの自分の影の位置に、売り物の影をビニールシートのようにぴったり敷いてから、
「それでは、数十秒待っていただけますか。太陽光であなたにこの影を焼き付けますので」
と、いかめしそうに言った。
自分はなんとか影を手に入れることができたが、影の具合はまだどうもぎこちない風であった。
気になって影の頭頂部を見ると、そこに小さな穴が空いているのに気がついた。自分の頭にこんな穴など空いているはずもない。
(そうか、あの影屋はやはり盗まれた自分の影を売っていたのだ)
そう気がつくと、自分は影屋の男に一矢報いたいと考えた。
夜になってから、影屋にそっと忍び込んだ。
そして、最初から怪しいと睨んでいた奥にある部屋の分厚い扉を開けると、そこには何十もの人型の影が金属製の太いフックにひっかかって吊り下げられていた。
自分は男が来ないうちに、急いでその影をフックから外して行った。
外された影はゆらゆらと波打ちながら、窓をすり抜けて、煌々と月明かりの照る夜空に向かって次々と飛び立って行く。
おそらく影たちは、本来の持ち主のところに帰ってゆくのであろう。
影屋から出ると、たくさんの人の形をしたシルエットが、嬉しそうに夜空を舞っている光景が見えた。