以前見た、夢の話である。

 

 

 すでに鬼籍に入っている友人のSくんが、地獄の閻魔大王が引退して、運命鑑定をしているらしいので、一緒について来てくれないかと言ってきた。

 

  Sくんのそんな誘いを受けて、自分も閻魔様に会いにゆくことにした。

 

 閻魔様が鑑定所を開いているという住所を調べ、Sくんがスマホを見ながら先を歩く。

 

 高速道路下の薄暗い場所に、オンボロ長屋があった。

 

 そこを通り抜けて、Sくんは先を進んだ。

 

「ちょっと、Sくん。そっちじゃないと思うよ」

 

 と、自分がSくんに声をかけた。

 

「でも、マップだとこの先だと出ているよ」

 

 と、こちらを振り返るSくん。

 

「いや、違うよ。昔この辺に住んでいたからよく知っているんだ。さっき長屋の植え込みで、おじいさんが植木ばさみで枝を切っていただろう。あの辺りだと思うよ。戻ろう」

 

 自分はSくんをそう促し、今来た道を戻った。

 

 戻ってみると、やはり先ほどの長屋の一角に「閻魔運命鑑定所」という看板が出ていた。

 

「こんなぼろっちいところに、本当に閻魔様がいるのかな?」

 

 とSくん。

 

 玄関の戸を開けて、声をかける。

 

 すると、奥から先ほど玄関先で植え込みを剪定していた老人が現れた。

 

 寅さんの二代目おいちゃん役をやった、松村達雄のような好々爺だ。

 

「あの、こちらが閻魔運命鑑定所でしょうか」

 

 と、Sくんが訝しげに聞く。

 

「ああ、あなたが予約されていたSさんですか、どうぞおあがりください」

 

 この老人は何者だろう、と思いながらふたりは家に上がった。

 

 奥の座敷に通され、老人は座布団を出しながら、こう挨拶した。

 

「私が閻魔鑑定所の所長、閻魔です」

 

 自分とSくんは、顔を見合わせた。

 

「あなたが閻魔様なんですか? 本当に?」

 

 Sくんは、こわごわ聞いた。

 

 老人は一瞬考えたが、笑いながら、

 

「ああ、最初はみんな驚きますよね。私が閻魔です。皆さんがご存知の閻魔大王の姿は、変装なんですよ。怖いイメージを作らなきゃ仕事にハリが出ないでしょう。だから、あんな衣装を着けて怖いメークをして、威圧感のあるでかい椅子にふんぞり返っているんですよ。いわば、コスプレっちゅうやつですわ」

 

 そういって、また笑った。

 

「本当ですか、それならみんなすっかり騙されてますよ。あっ、じゃあ、もしかしたら、地獄の鬼も‥‥‥」

 

 そう自分が聞くと、閻魔様は、

 

「お察しの通り、あれもみな変装です。ああいう格好をしないと仕事の役になりきれないのです」

 

 と、後頭部を撫でながら、そう話した。

 

「閻魔様は、ここにお住まいなんですか。それとも、地獄から通っておられるんですか」

 

 Sくんが尋ねる。

 

「ああ、いえ。もともと、地獄へはここから通勤してたんです。鬼だって、別に地獄に住んでいるわけじゃなく、普段は普通の人として過ごしています」

 

 閻魔様はそう答えた。

 

「ということは‥‥‥」

 

 自分がそう言いかけると、閻魔様はすぐに、

 

「そう。地獄とこの世は陸続きなんです。だから、私も鬼も、葬頭河のばあさんも、みんなバスやクルマで地獄まで通ってるんですよ」

 

 変な話を聞いたと思いながら、妙に納得する。

 

 この世もあの世も、陸続きであったか‥‥‥。

 

 こうなると、地獄の場所まで聞こうとは思わなかった。

 

「じゃあ、鑑定に入りますかな」

 

 閻魔様は、隣の部屋に声をかけた。

 

「おーい、浄玻璃鏡を持って来なさい」

 

 隣室から大きな鏡を持った、寅さんに出てくる源公のような小柄な男性が現れ、それを立てかけると、こちらに向かってひょいと頭を下げた。

 

 もしかしたら、この人も鬼なのだろうか。

 

「運命鑑定は、この鏡を使って行います。私が質問をしてゆきますから、正直にそれに答えるようにしてください」

 

 閻魔様はいきなり神妙な顔つきになり、軽く鑑定についての説明をした。

 

 浄玻璃鏡とは、閻魔大王が地獄に落ちた亡者たちの現世での行いを見通す道具である。それによって地獄での責め苦の裁量がなされる。

 

 Sくんは、いきなり暗い表情になった。

 

 全くである。運命鑑定のために浄玻璃鏡などを使われるのでは、たまったものではない。

 

 お互いの間で、しばしの沈黙があった。

 

 すると、閻魔様はいきなり怖い顔つきで、先ほどの植木ばさみを取り出し、

 

「私の前で嘘をついたら、この植木ばさみで舌を切り落としますぞ」

 

 と言った。

 

 自分と Sくんは、凍りついた。

 

「あ……。冗談ですよ、冗談!」

 

 こちらの反応に、閻魔様は慌てて笑顔でフォローを入れた。

 

 

 ※過去記事に、加筆修正したものです。