薄曇りの天気である。

 

 お昼に、中目黒駅で友人と合流する。

 会うのは久しぶりだ。

 

 目黒川沿いの桜を見て、それからゆっくり食事をしようということになっていた。

 

 お花見の人気スポットとなってしまった感のある目黒川。

 沿道は賑わい、普段とは打って変わった華やかな情景だ。

 

 場所によっては、満開に近いところもあった。

 桜は、来週くらいが見頃ではないだろうか。

 

 それにしても、肌寒い日だ。

 

 

 池尻大橋まで歩き、そのまま三宿方面に向う。

 

 住宅街を入った一角に、目立たないが気の利いた寿司屋さんがある。

 

 入店すると先客が数名、ほとんどが地元の人ではないだろうか。

 

 まずはビールで乾杯してから、その後は日本酒をお燗でいいただく。

 

 寿司をつまみながら、仲間内の消息などを話し合った。

 

「そういえば、Hさんって変なおじさんいただろ、僕たちよりも年上で」

 と友人が、いきなり切り出した。

 

「ああ、面白い人だったよね」

 と自分が答える。

 

「Hさん、もう10年以上も消息不明なんだよ」

「へえ、それは知らなかった。最後に会ったのが20年くらい前だからね」

 

「僕が最後に会ったのは14年前のことでね、Hさんが緊急入院した時があったんだ。それでお見舞いに行ったのが最後で」

 友人が言う。

 

「入院してたのか……。Hさん、新宿の古いアパートに住んでいたよね。一度遊びに行ったことがあるけど、酒瓶と本が山積みだったな」

 

「あのアパートも取り壊されて、いまはもうないと思う」

 と友人。

 

 Hさんは自称詩人で、詩を書いて同人誌などに発表していた。

 

 誰の知り合いだったかはわからないが、気がついたら自分たちの周りにいた不思議な人物だった。

 ただ、話は面白く、60年代や70年代の自分たちの知らない青春の話を聞かせてくれた。

 

 若い頃は無銭旅行で、日本中を渡り歩いたという。

 

 北海道で女の子と知り合い、結婚の約束までしたという話を、嬉しそうに語っていたことを思い出す。

 

 自分は、Hさんは吟遊詩人なのだと考えていた。

 

 Hさんとは話が合い、たまに電話をもらっては近くで酒を飲んだり、食事をしたりした。

 そして、相変わらず旅の話や詩作についてを聞かされたものだ。

 

「本当に風来坊だったな、Hさん」

 と、友人がポツンと呟いた。

 

 自由人で思う存分、自分の生き方を通した人だった。

 

 ただ今にして思えば、本当は世間に馴染めず、そうせざるをえなかったのではないだろうか、と感じている。

 

 寒いけれど桜の咲くこの季節、あの自称詩人は今どこでどうしているのだろう。

 

 いつも居心地悪そうにしながら、寂しげな笑顔を浮かべていたHさんの表情が目に浮かぶ。

 

 そんなことを思っていたら、急に目頭が熱くなった。

 

 願わくば、どこか暖かいところで、好きなお酒を飲みながら詩作を続けておられんことを。

 

 

 ※過去記事に、加筆修正したものです。