T子はイベント会社社長のNさんに声をかけられて、昼食におよばれした。

 

  Nさんの会社近くにあるファミレスではあったが、ここはT子が好きなメニューが揃っている。

 

「あたし、意外とファミレスって好きなんだよ。デザートの種類も豊富だし」

 と、T子は言う。

 

 

  T子がお昼をご馳走になったのには、こんなわけがあった。

 

 Nさんが、自宅マンションの鍵を紛失してしまった。

 

 T子が失せ物探しの名人でもあることを知っていたNさんは、T子に電話をして、消えた鍵の捜索を依頼したのである。

 

 T子の助言により、鍵は意外なところから発見された。

 

 それは、Nさんが当日着ていたコートのポケットの中だった。

 

 てっきりどこかに落としてしまったと思い込んでいたNさんだったが、鍵が見つかってきっと胸をなでおろしたはずだ。

 

「Nさんってそそっかしいけど、大事な鍵を落とすほど抜けていないはずだから、きっと見落としがあるって思ったの。そこで遡って、当日着ていたコートに行き着いたわけ」

 T子はNさんの行動パターンを見抜いていたのだ。

 

 今回のお昼は、そのお礼であった。

 

「どれを頼んでもいいの?」

 と、T子が聞く。

 

「なんでもT子の好きなものを頼んでくれ。しかし、本当にT子の透視能力には驚かされたよ。ズバリ的中だもんな」

 

 T子は、ここではまだ種明かしをしないでおこうと考えた。全部食べ終わってから、実は……とやったほうがウケるに決まっている、と思ったのだ。

 

 しばらくするとテーブルには、デミグラスソースのハンバーグ、海老のドリア、ケチャップソースのナポリタン、チョリソー、フライドポテト、モッツァレラ、熟成生ハム、ピザのWチーズ、骨つきモモのチキン、リブステーキなど美味しそうな料理がずらりと並んだ。

 

  T子は、ニコニコしながら並んだ料理を、好きな順番に食べていった。

 

 彼女の大食いは有名だったので、Nさんはさして驚きはしなかった。

 

「そういえばT子。俺、最近すごく肩がこるんだよ。マッサージにも行ったんだけど、こりが治らなくてね。なんか、疲れだけのせいじゃないような気がするんだけど、あとで少し見てくれないかな」

 

 大食いを進めている最中、いきなりNさんが神妙な顔つきで、 T子にこんなことを言った。

 

 両手にナイフとフォークを持ったまま、T子は「ふあっ?」と気の抜けた返事をしながら、Nさんの顔をまじまじと眺めた。

 

 これは、“あっち”の方の依頼なのだろうか、せっかく食事を楽しんでいるのに、とT子はちょっと鬱陶しく思った。

 

 だが確かに、Nさんの顔色はくすんだようになっていて、ちょっと“イヤな感じ”だった。

 

 この“イヤな感じ”とはT子用語で、そこに“おかしなもの”が介在しているというような意味であった。

 

 Nさんが自分をお昼に呼んだのは、このこともあったのかもしれない、とT子は感じた。

 

 乞われるがまま、T子はNさんを凝視した。

 

 と突然、Tさんの右肩が大きく下がった。

 

 そして、続いて左肩が同じように、骨が外れたように下がる。

 

 すると、Nさんの両肩に男の裸足が乗っているのが見えた。

 

 ゆっくりと、その足に沿って視線を上に移動させて行ったT子。

 

 ファミレスの天井側に目をやったT子は、とんでもないものを見てしまった。

 

 顎髭を生やした顔色の悪い男が、Nさんの両肩に足を乗せて立ち、首に太い紐を巻きつけてT子をじっと見下ろしているのだ。

 

「うわっ‼︎」

 

 そう叫ぶとT子は、椅子からずり落ちてテーブルの下に体を落とした。

 

 驚いたNさんがテーブルの下を覗き込み、T子に声をかけた。

 

「おい、T子! どうした!?」

 

 T子はしばらく腰が抜けたようになって、テーブルの下から出ることができなかった。

 

 当然だが、ファミレスの他のお客は、何事もなくランチを楽しんでいる。いたって日常的なファミレスの風景だ。

 

 気を取り直して立ち上がったT子は、さっき見たことをありのままNさんに伝えた。

 

 Nさんは黙って聞いていたが、彼の表情は怒りに燃えたように血色ばんでいた。

 

 そして、Nさんはこんなことを話し始めた。

 T子は、そのままNさんの話を聞くしかなかった。

 

「その髭面の男は、俺の知り合いだったMという男だ。Mは俺やうちの会社にさんざん迷惑をかけて、しばらくして自宅で首をくくって死んでしまったんだ。古い知り合いだったから、俺はヤツのことを助けてきてやったんだが、あいつはいつも俺を踏み台にして、裏切ってきた。そしてその最期が、そんな有様だったんだ」

 

 Nさんは、そのMという人物のことがいまだに許せないのか、話しながら手を震わせていた。

 

 T子は、えらい話を聞かされてしまった、とNさんに正直に話したことを後悔した。

 

 しかし、その後T子は、テーブルに並んだ料理をきれいに完食したそうである。

 

 

 

 「それにしても、怖いものを視てしまったものだね」

  と、自分はT子に言った。

 

「お昼のファミレスであんな光景は見たくなかったよ。驚いて大声をあげちゃったし」

 そうT子は返した。

 

「Nさんはあたしに、お祓いできないかっていうんだけど、それは無理って答えたの。だって、本当にあたし程度の人間ではお祓いなんて無理だよ。それに……」

 

「それに?」

 と自分。

 

「そのMさんという人とNさんは、因縁で繋がっているんだよ」

 T子がしんみりと答えた。

 

「因縁なんて古い言葉をよく知ってるね、君みたいな若い子が」

 自分はそう言った。

 

「知ってるよ、それくらい。Nさんがその人をずっと助けてあげていたっていう話を聞いたときに、そう思ったの。それはきっと過去からの因縁だって」

 

 T子は、呟くようにそう口にした。

 

 

 ※過去記事に、加筆修正したものです。