イラストレーターのSさんは、妖怪好きで知られていた。

 

 妖怪伝承の残る土地を旅し、地元の人に妖怪の話を取材したり、妖怪にまつわる郷土玩具や土産物を購入して帰る。

 

 彼の妖怪コレクションは充実しており、自室には旅の戦利品が山積みとなっていた。

 

 そんな妖怪好きのSさんだったが、まだ妖怪は見たことがない、と言う。

 

 ところがある日のことだ。彼はポロッとこんなことを漏らした。

 

「実は、一度だけそれらしきものを見たことがあるんだよ」

 

 それは、このような話だった。

 

 

 ある深夜、夕刻から飲んでいだ酒のせいで急に睡魔が襲ってきた。

 

 面倒臭いので普段着のまま、部屋の中央に敷かれた万年床に滑り込んだSさん。

 

 彼の部屋には先ほども書いた通り、旅行先から持ち帰った郷土玩具や、妖怪の絵が描かれた土産物の箱などが転がっていた。

 

 Sさんは、そんな妖怪コレクションを眺めながら眠りに就くのが好きだった。

 

 しかしその時、うつらうつらしかけたSさんの布団の周りを、小さな白いものがゆっくり転がっていることに気が付いたそうだ。

 

 そしてその瞬間、Sさんは急に動けなくなってしまった。

 

 体が動かなくなったSさんは、その白いものを眺めるしかなかった。

 

 その白いものは丸い形をしており、最初は布団の周りをコロコロと転がっているだけだったが、そのうち飛び跳ねるような動きになったという。

 

 それはまるで生き物のように、Sさんの前でジャンプして見せた。

 その動きは、動けないSさんをからかっているかのようにも思えた。

 

 そしていつの間にかSさんは、深い眠りに落ちて行った。

 

 翌朝、目が覚めて昨夜の物体のことを思い出したSさんは、慌てて布団から飛び起きた。

 

 部屋中をひっくり返して、Sさんはその丸くて白い謎の物体を探した。

 

 

「それで、その丸いものは見つかったんですか」

 

 と、自分はSさんに聞いた。

 

「うん。しばらく探してみて、これだというのを見つけたんだ」

 

「それは、何でした?」

 

「丸めて放置していたコンビニのレジ袋。それが正体だったんだ」

 

 Sさんは、少しはにかんだ笑みを浮かべながら、そう話した。

 

「しかし、コンビニのレジ袋が勝手に部屋の中を転がらないでしょう。窓は開けていましたか? それなら、窓から入ってきた風のせいだったのかも」

 

「いや、冬だし窓は締めていたよ。そのレジ袋が、自分の力で動いていたとしか思えないね」

 

「奇妙なこともあるものですね。何かの小動物がレジ袋を引っ張っていたとか……。例えば、ネズミとか」

 

「ハハハ、うちにネズミはいないなあ」

 

 Sさんが、大笑いした。

 

 お互いにそんなことを話しながら、一通りの会話は終わった。

 

 しかし、最後に独り言のように、Sさんがこう付け足したのである。

 

「でもねぇ……。今思い返すとあのとき、あれには2本の小さな足があったんだよなぁ……」

 

 

 ※過去記事に、加筆修正したものです。