T子の少女時代は、孤独だった。
小学校では、友達ができなかった。
その理由は、T子がおかしなことを言うからであった。
学友には見えないものが自分には見える、と言い張ったのだ。
「男の子が、そこのブランコに乗っている」
しかし、そこにはただ、風で揺らぐブランコがあるだけだった。
「屋上で、校庭を見下ろしている少女がいる」
だが、屋上はずっと閉鎖されていて、人の出入りはできなかった。
やがてT子はおかしな子と思われ、学友から敬遠されて行った。
T子の両親は、ふたりきりの旅行をするときなど、T子をおばあちゃんの家に預けていった。
そんなT子が安心できたのは、おばあちゃんの家に泊まって、おばあちゃんと話すときだった。
おばあちゃんはT子の話を全て受け入れ、
「うんうん、そんなこともあろうよ」
と言って、T子にお菓子を手渡してくれた。
それは、T子がおばあちゃんの家に泊まっていた、数日間の出来事であった。
T子はおばあちゃん家の近くを、自転車で走っていた。
田舎道の一角に、祠が建っているのが目に入った。
自転車を降りて中を覗くと、大きな庚申塚が2基収められていた。
おばあちゃんの真似をして、T子はその塚に手を合わせて拝んだ。
そしてまた自転車を走らせていると、急に後ろが重たくなった。
思い切りペダルを漕ぎながら、おばあちゃんの家に戻ったT子。
その夜は蒸し暑く、おばあちゃんとT子は縁側の戸を開けて、蚊取り線香を焚いて布団に入った。
うとうとし始めた時、誰かがT子の両肩を思い切り掴み、耳元で、
「こわい、こわい」
と叫んだ。それは小さな女の子の声であった。
驚いて目が覚めたT子の前を、わらじをはいた足が畳を擦りながら走り去るのが見えた。
一瞬の出来事に、T子は布団の中で震え上がった。
誰かが裏庭から、部屋に入ってきたのだろうか。
怖くなって、横で寝ていたおばあちゃんを起こすと、おばあちゃんは静かに、
「それはT子が夢を見たんだよ」
と言って、安心させてくれた。
しかし、肩を握ってきたあの手の感触はリアルだった。
それからしばらく、T子は奇妙な感覚を覚えた。
鼻歌のようなものが、どこかから聞こえてくる。
部屋で勉強していると、 T子の後ろに誰かがいるような気配がする。
さらに、目に見えないものにスカートの裾を引っ張られた。
しばらくすると、今度はおばあちゃんがお風呂で転倒し、腰を打ってしまった。
おばあちゃんは、2日間の入院が必要となり、T子がその間ひとりで留守番をすることになった。
2日だけのことだ、とT子は心を強く持ち、ひとりの留守番を耐えた。
その夜は、何事もなく過ぎた。
翌日、T子は自転車に乗っておばあちゃんの病院に行った。
帰りにもらったお小遣いで、コンビニに寄ってお菓子を買おうと思い、T子は信号の前に立っていた。
信号が変わったので、自転車を押して道路を渡ろうとしたT子は、いきなり激しい力で後ろに引き倒された。
T子は自転車とともに、歩道に強く叩きつけられた。
そしてその瞬間、T子の前をすごいスピードで走ってゆくクルマがあった。
もし、そのまま信号を渡っていたら、T子はそのクルマにはねられていたであろう。
倒れているT子を、大人たちが起こしてくれた。
擦り傷は出来たが、T子に大きなケガはなかった。
ふと、向かいの歩道を見ると、そこに立っている長身のスキンヘッドの男の姿が目に入った。
T子と目が合ったその男は悔しそうな表情になり、そのまま姿を消した。
その男は洋服を着ているのに、なぜか足元はわらじを履いていた。
その時、T子の頭に浮かんだことがあった。
T子はペダルを漕いで、あの庚申塚へと向かった。
祠の前に立ち、T子は庚申塚に向かってそっと話しかけた。
「あなたでしょ? あたしとおばあちゃんを助けてくれたのは。ありがとう。ねぇ、姿を見せて」
しばらくすると、庚申塚の後ろから、こわごわ小さな女の子が姿を現した。
その子は、ボロボロの赤い半纏を羽織り、髪の毛は油で汚れ、青洟を垂らしていた。
赤いほっぺのその子は、はにかんだような笑顔でT子を見上げた。
T子は身を屈めて、その子を抱きしめた。
「視えるよ、あなたのこと、ちゃんと視えるよ。あの時からずっとあたしを守ってくれていたんだね。ありがとね、ありがとね‥‥‥」
T子はその時、自分は孤独ではないのだ、と気づいた。