都会での生活に終止符を打ち、若い頃から何度も訪れていた瀬戸内海のとある離島に、モダンな一戸建てを買ったKさん。

 

 そんなKさんの同居人は、7歳になるオスのブル・テリア犬、テリーだった。

 

 家の前には瀬戸内の海があり、その静かな砂浜をテリーと一緒に散策するのがKさんの日課であった。

 

 ある夕べ、Kさんがテリーと砂浜を歩いていると、海面に小さなブイのようなものが浮いていた。

 

 それはよく見ると、浮かんだり沈んだりしながら、ゆっくりと移動しているようにも思える。

 

 ちょっとしたイタズラ心から、Kさんはその浮遊物めがけて、足元に落ちていた白くて丸い小石を投げつけた。

 

 コツンという音を立てて、小石は見事にその浮遊物に命中し、それは海中に沈んだかのように見えた。

 

 だが、しばらくすると今度は海中から、すごい勢いで何かが飛び跳ねた。

 

 あたりはすでに暗く、よくは見えなかったが、それは人間の子どものようなものであったという。

 

 妙なものを見てしまったと思い、Kさんは海に向かって吠え続けるテリーのリードを引っ張りながら、慌てて家に戻った。

 

(あれは何だったんだろう。人間の子どものようにも見えたし、大きなクラゲのようにも思えた。あんな生き物がいるんだろうか)

 

 そんなことを考えると、Kさんは不気味な気分になった。

 

 その深夜、激しく吠えるテリーの声でKさんは目を覚ました。

 

 何事かと、Kさんはガウンを羽織って、2階の寝室からテリーのいる1階へと降りていった。

 

 1階では、テリーが玄関先に向かって、尾っぽを丸めながら激しく吠え続けていた。

 

 Kさんがテリーを呼ぶと、テリーはKさんの方に向かって必死で逃げて来た。

 

 泥棒でも来たのだろうか、と警戒心を抱きながら、Kさんはゴルフクラブを片手に、玄関のドアスコープから外を覗いてみた。

 

 外には、何の人影もなかった。

 

 しばらく様子を伺ってから、恐る恐るドアを開けて戸外に出てみたKさん。

 

 外は海からの風が吹き、瀬戸内海特有の穏やかな波の音だけが響いていた。

 

 しばらく周囲を見回してから、ふと足元のコンクリートを見下ろしたKさんは、おやっと思った。

 

 そこには、海に浮かんでいた奇妙なものに向かって投げたはずの、あの白くて丸い小石が置かれていた。

 

 そしてよく見ると、ドア前のコンクリート部分には、濡れた小さな足跡がいくつも付いていた。

 

 その足跡は、家の前のアスファルト道路を横切り、海の方からずっと続いて来ていた。