この季節は、暖かくなったかと思うと、急に冷え込む日があったり、何かと気候の変動が激しくなる。 

 

 今日は雨も降っているので、とりあえず家にいる事にするかと思い、暖房をつけて部屋にこもっていると、Mから電話がかかって来た。

 Mは、古くからの飲み仲間だ。

 

 しばらく話をしていると、Mがいきなりこんな事を言い始めた。

 

「そういえば、この前おかしな出来事があったんだよ」

 

 数日前、Mが外出から戻り、マンションの部屋に入ってしばらくしていると、近所に住んでいる大家さんが訪ねて来たという。

 大家さんは、近くで喫茶店を経営しているご高齢の婦人らしい。

 

「Mさん、ちょっと伺いたいんだけど、あなたネコ飼ってる?」

 と、大家さんが怪訝そうな表情で言う。

 

「いえ、ネコはおろか動物は一切飼っていませんが」

 と、Mが答える。

 

「そう‥‥‥、実は昨日たまたま見かけたんだけどね、Mさんが階段を上がって行く時に、後ろからネコが1匹ついて来たていたんだけど。階段をトントンって上って」

 と、大家さんが妙な事を言い始めた。

 

 もちろん、Mには心当たりがない。

 

「それは気がつきませんでしたね。そのネコはその後、降りて来ましたか?」

 Mが逆に質問をする。

「ちょっと見ただけなんでわからないけど、そのまま降りて来なかったんで、あなたの飼っているネコかなあと思ったんだけど」

 

 飼ってもいないのに、疑われているようで嫌な気分になったMは、

「それは全く違いますね。だって、ここはペット厳禁のマンションでしょう。飼うわけがないじゃないですか」

 と、強く言い張った。

 

「そうよねぇ、おかしいわね。だったらあのネコ、どこへ消えちゃったのかしら?」

 その話をしている間中、大家さんは終始怪訝そうな表情をしていたという。

 

 そこでMが、大家さんに尋ねてみた。

「大家さんが見たネコは、どんなネコでした?」

「えっとね、少し体の大きいミケネコだったわね」

 

 その話を聞いたとたん、Mにはある事が思い浮かんだという。

 

 それは、以前飼っていたネコではなかったかと。

 

 彼は以前、メスのミケネコを飼っていて、ずいぶん可愛がっていたそうだ。

 ネコの名前は「みい」と言った。

 

 だが、そのネコはある時、外に出て行ったまま、戻って来なかったのだという。

 

 Mは必死になって、さんざん周辺を探してみたが、みいはとうとう見つからずじまいだった。

 

 しかし、みいが消えてから、現在に至るまでには10年以上の隔たりがあった。

 

 Mの後をついて上って行ったネコが、同じネコである可能性は薄いだろう。

 

 もしかしたらと思って、こんな話をしてみた。

「そのネコ、君が飼っていたみいの幽霊だったんじゃないの」

 

 嫌がるかと思ったら、実はMも同じ事を思っていたというのだ。

 

 それにしても、いきなり昔飼っていたネコの幽霊が出現するなんて、妙な話でもある。

 

「でもね、みいがいなくなってから、しばらくした時、玄関のドアをたたく聞き慣れた音が聞こえたんだ。トントンと優しく弱い音で。その音はみいが外から帰って来た時に知らせる、いつもの合図だったんだよ」

 

「それで?」

 

「僕は、みいが帰って来たと思い、喜んでドアを開けたんだけど、そこには誰もいなくて、まさにネコの子1匹いない状態だったんだけどね」

 と、Mがしんみりと語った。

 

「もしかしたら、みいは姿が見えなくなっても、君の部屋に帰って来てくれたのかも知れないね」

 

「そういえば、あれも今日みたいに暖かくなってから、急に冷え込んだ日だったな‥‥‥。外で遊んでいて寒くなって来たので、部屋に帰って来てくれたのかもしれないなあ」

 しみじみと、Mがそう口にした。

 

 ネコの幽霊の話はそれで終ったが、では数日前にMの後をついて階段を上って行ったネコは、本当にみいの幽霊だったのだろうか。

 

 Mとは、しばらく雑談をしてから、笑い合ってそのまま電話を切った。

 

 自分としては、そんなネコの幽霊がいてほしい気持ちになった。

 

 もしかしたら今夜、みいはMの部屋の暖かい場所に丸まっているかも知れない。

 

 

 ※過去記事に、加筆修正したものです。