寒い朝を迎える。

 

 カーテンを閉め切っているため、外が晴れているのか、曇っているのかわからない。

 

 ボソッと明かりを点す。

 

 パソコンを開き、メールのチェックをする。

 

 友人たちから、暖かいメールが届いていた。

 

 送信された時間帯は、午前2時とか4時とかで、こんな時間にこの人たちは起きていたのか、と思うとちょっと感心する。

 

 昔は、文通という手段があって、自分も若い頃、何人かの人たちと文通をしていたことがあった。

 

 10代の終わり頃の話だ。

 

 当時の通信手段としては、手紙や電話、電報以外にはメールも携帯もない時代である。

 

 とある雑誌の読者欄で、不思議な投稿が目についた。

 

 それは、「日本旅人協会」と名乗る投稿だった。

 

「日本旅人協会」に登録すると、事前に手紙でやりとりをして、お互いに話が合うようであれば、数日間の宿を提供する、というような今にして思えば(当時もか)怪しげな内容であった。

 

 住所は「東京都」となっていた。

 

 その頃の自分は、東京に行くのにも交通費や宿泊費がバカにならず、もし本当にそんな協会があるのなら、登録して数日間の滞在費を浮かせたいと考えたのであった。

 

 そして何を思ったか、早速その住所宛に手紙を書いた。

 

「今度、東京に行くのですが、その時にそちらに泊めていただけないでしょうか」

 

 と、何度も書き直し丁寧な文字で、失礼のないような手紙を書いて送った。

 

 しばらくすると、「日本旅人協会」から達筆の手紙が届いた。

 

 その内容によると、何月何日から何日までの滞在かをちゃんと伝えてくれると、こちらで部屋を用意しておく。宿泊費は無料。しかし、食事やその他の経費は一切自分持ち。まあ、これは常識だろう。

 

 手紙の主は筆跡や文体から、もしかしたら相当の年齢の人ではないかと思われた。

 

 自分はすぐさま返信を書き、いついつに東京に行きたいので、宜しくお願いいたします、と書いて送った。

 

 それから、1週間後くらいだっただろうか。

 

 またしても、達筆の手紙が届いた。

 

「それでは、○月○日に××市の××駅で降りていただき、この地図を見ながら、午後1時頃に直接ご訪問下さい」

 

 と、あった。

 

 直前になって急に不安を覚えたが、ここまで来たのだから、もう仕方ない。

 そう思って、夜行バスに乗って東京に向かった。

 

 夜行バスは早朝に八重洲口に着くので、時間を潰すために東京駅の地下をブラブラしていたように思う。

 

 それから、事前に調べた乗り継ぎ通りに、東京郊外××市の××駅まで向かった。

 

 期待半分不安半分で、その「日本旅人協会」を名乗る人物のことを想像してみた。

 

 文章からすると、それなりに教養のある人物のように思えた。

 まさかヘンな人ではあるまい、と自分に言い聞かせた。

 

 そのうち、お昼前には××駅に到着して、そこでまた時間を潰すために書店に入ったりした。

 

 それは今日のように寒い11月のある日曜日だった。

 

 手描きの地図を頼りに、「日本旅人協会」の住所を探す。

 

「角にタバコ屋」「パン屋を右に曲がる」「電気屋を通り過ぎる」などと、細かい指示が書かれていて、ちょっと奇妙な気になった。

それはまるで、異界に入って行く手順のような感じがした。

 

 そしてその指示通りに進んでゆくと、かなり年季の行った2階建てのモルタル製アパートがあった。

 

(えっ、ここか?)

 

 一瞬驚いたが、意を決してテラテラした茶色のペンキで塗られた鉄製の階段を上って行った。

 

 2階の一番奥が、その「日本旅人協会」の所在地のはずであった。

 

 普通の安アパートの一室のようなところに、そんな協会があるのだろうか。

 

 緊張して、ドアをノックする。

 

「はい〜」

 

 と、甲高い声が響き、ドタドタと走る音が聞こえて、ドアが開いた。

 

「POPOくんだね。僕、日本旅人協会の理事でナカノと言います。手紙の感じから、きっと君みたいな人だと思っていたんだよ」

 

 と、60代くらいであろうか、頭は寝癖の付いた白髪、この寒いのにTシャツ一枚、下はステテコという奇態なファッションのおじさんが現れた。

 

 この項、なんとなくつづく‥‥‥。