とある住宅街の一角に、小さなスナックがある。
いつもひと気がなく、もう営業をしていないのではないか、と思えるくらいひっそりとそこに存在しているのだ。
しかし、そのスナックは深夜になると明りが灯る。
何気に前を通ると、ドアに付けられたレースのカーテン越しに、カウンターに腰掛けたひとりの女性の後ろ姿が見える。
カウンターの女性は、お客ではあるまい。
たぶん、そのスナックの店主なのであろう。
いつもその女性の後ろ姿があるのみで、他にお客のいるところを見た事がないからだ。
開店は、夜の11時くらいからだろうか。
知らないうちに、店の前に出された看板に明りが灯っている。
そして、午前1時くらいにはその明りも消える。
たった2時間しか開かないスナック。
一二度、店の中に入ろうかとも思ったが、なぜか寸前に店の前でためらってしまい、中には入らなかった。
それにしても、2時間の営業時間のうちに、店の中ではどんなドラマが起きているのだろうか。
ある白昼、そのお店の前で、スナックのママさんらしき人を見かけた事がある。
60代くらいだろうか、長身でショートカットの美しい人だった。
その人は、お店の前に出された植木鉢に水をやっていた。
情報通の飲み友達にお店の事を聞いてみたが、その彼もよくかわらないという。
ずっと以前は、マスターとママさんがカウンターに立って、二人三脚でお店をやっていたらしいが、15年ほど前にマスターが亡くなってから、今のような形態になったようだ。
カウンターに腰掛けたママさんの後ろ姿は、まるでお客以外の誰かを待っているように映った。
ママさんは、いったい誰を待っているのであろうか。
懐かしい誰かだろうか。
ママさんは、待ち人と出会えたのだろうか。
今夜も、人通りのない住宅街の一角で、そのスナックの明りはたった2時間の間だけ、ひっそりと灯っている事だろう。