20代の頃の話であるが、住処に逼迫し、出来るだけ安い物件をと探し回っていた。

 

 当時でも、6畳一間風呂なしで3万円くらいはしたのではないかと思う。

 

 何軒か不動産屋をあたり、収穫もなく疲れ切っていた日暮れ刻、たまたま某駅前に2坪程度で営業している不動産屋の窓ガラスに貼られた「8畳ワンルーム 風呂付き 3万円」という筆書きの物件情報を見つけ、思わず中に飛び込んだ。

 

 お店には、初老で白髪の店主がおり、ずり下がったメガネでこちらを見上げた。

 

「あのぅ、表に張り出してある8畳ワンルーム風呂付きの物件なんですけど、まだありますか?」

 と聞いてみた。

 

 店主は、こちらをしげしげと眺めながら、

「独身?」

 と、いきなり訊ねて来た。

 

「はい、まだ物件があれば是非、内見したいと思ってるんですけど」

 と言うと、

「物件はありますよ。場所はこの近くの商店街の外れです。近くにはスーパーやコンビニもあるし、銭湯や定食屋もあります。あなたくらいの若い方だったら、ちょうどいいかも知れませんね」

 と、棚からファイルを取り出し、一枚の地図のコピーを抜いて手渡した。

 

「ここのね、アパートの隣りが大家さんだから、うちから聞いたと言って、声をかけてみて下さい。腰の曲がったおじいさんがいるから、すぐ部屋を見せてくれますよ」

 と、だけ伝えた。

 

 自分はその地図を手がかりに、寂れた商店街を抜け、目的地に向かって歩いて行った。

 

 この時間帯で、もうカラオケの聴こえて来る呑み屋の角を曲がったところに路地があり、その奥にアパートはあった。

 

 日没に近い時間帯。

 それにしても、人気のない商店街である。

 

 アパートの隣りにある大家の玄関を開けて、声をかけてみた。

 

 しばらくすると、奥から腰の曲がったおじいさんが出て来て、障子が破れたようなダミ声で、

「ああ、あんたが部屋を見たいっていう人だね」

 と言いざま、いきなりこちらに手を差し出して、

「これで部屋の扉を開けて、中に入って頂戴。見終わったら、こちらに返しに来て」

 と、鈴の付いた鍵を手渡した。

 

 アパートの玄関先で靴を脱ぎ、薄暗い廊下を歩き、二階へと上がって行く。

 

 建物全体、なにか独特の生活臭が覆っている。

 

 アパートの中は、全く人の気配はない。

 

(この部屋か‥‥‥)

 

 不動産屋で教えられた部屋番号を見つけ、鍵を差し込んで、扉を開ける。

 

 戸を開けた瞬間、ぷんとすえた臭いが漂って来る。

 

 一瞬たじろいだが、そのまま部屋に上がり、リボンの付いた蛍光灯の紐を引っ張った。

 

 チカチカと点滅を繰り返す蛍光灯。

 

 室内は、ずっと人が住んでいなかったようで、足元を見るとかなりホコリがたまっている。

 

(これは、ちょっと嫌だな)

 

 と感じたが、取りあえずトイレと浴室を覗いてみる。

 

 思った通り、浴室の壁はカビだらけで、タイルには長い髪の毛が何本も落ちていた。

 

 室内もどこか妙な印象があって、たしかにフローリングで8畳分の広さはあるのだが、どうやら元々は6畳だった部屋を、無理矢理に広げて8畳にしたような形跡があったのだ。

 

 当初は畳の間の6畳だったのであろうが、そこに2畳分継ぎ足したのである。

 

 それはというと、おそらくベランダかなにかだった部分を延ばして、その周囲に壁を作り、上には天井を付けて8畳の部屋にリフォームしたのである。

 

 なんだか、部屋の中全体が歪んでいるような感じがする。

 

 継ぎ足したスペースと思われる窓際部分に近づいて、窓をそっと開けてみた。

 

 そして、その窓を開いたとたん、ぎょっとなった。

 

 なんと、窓の下には墓地があったのである。

 ネコの額ほどの狭い墓地ではあるが、墓石が何基も並んでいる。

 

 その墓地はちょうど四方を家やアパートで囲まれるようにして、ひっそりと存在していたのだ。

 

 薄暗い時間帯なので、下の墓地はよく見えなかったが、もうそれだけで充分であった。

 

 アパートの裏手は、墓地だった。

 

 それだけなら、まだいい。

 

 なんと部屋の一部は、その墓地の上に2畳分ほど突き出しているのだ。

 

 つまり仮に、その突き出した場所に頭を置いて寝たりしたものなら、墓地に頭を突き出して眠っている事になるではないか。

 

 おそらく、墓地から立ち昇る気をもろに受けるハメになるのではないだろうか。

 

 いろいろ想像し、ゾッとしたあげく、早々にその部屋を撤収した。

 

 隣家のおじいさんに鍵を返して、そのアパートのある路地を慌てて逃げ帰ったような記憶がある。

 

 当然ながら、その部屋はキャンセルした。

 

 紹介してくれた不動産屋には、どういう風に伝えたかも覚えてはいない。

 ただ、こちらの話を聞いている時の、店主の遠くを見つめるような目つきはよく覚えている。

 

 おそらく、このアパートはもう存在していないと思う。

 いや、そう思っている。

 

 事故物件ではないが、凄く嫌な物件の話であった‥‥‥。

 

 そう書いてみて、ふと手が止まる。

 

 待てよ。

 ‥‥‥事故物件であるかどうかは、不動産屋に確認したわけではなかった。

 

 もし、あれでさらに事故物件であったとしたら、それはもう最恐の物件ではないだろうか。