京都の夏の一大行事となっている「五山の送り火」。
お盆が終わり、お迎えしたご先祖の霊を送る伝統行事である。
今年も、蒸し暑さが残る午後8時から各山で順に火が点され、左京区如意ケ岳の「大」からスタートして、右京区の「鳥居形」で送り火は無事終了した。
昨年(2016年)の送り火では、夕方から降り始めた雨が、点火の頃より豪雨に変わり、燃えているにもかかわらず、街中からは「大文字」の明かりが見えないといった事態も起きていたらしい。
そんな雨に煙る送り火であったが、これは京都に住む友人のR子さんから聞いた、その時の話である。
大学職員であるR子さんの自宅マンション屋上からは、五山がきれいに見えるため、毎年送り火の日になると、友人たちが彼女のマンションに集まってくる。
その夜も、友人たちとマンションの屋上に上り、送り火を見物していたR子さんは、
「送り火の時にこんな大雨って、初めてだよね」
などと会話しながら、叩きつけるような激しい雨と、寒さに耐えながらも、無事に終了した送り火を皆で喜び、びしょぬれになった体で部屋に戻った。
部屋着に着替えて、ひと心地ついたR子さんたちは、先ほど目撃したスペクタクルについて、口々に熱く語り合った。
やがて夜も更け、友人たちがいっせいに帰ってから、R子さんは急に寒気を覚えた。
雨に打たれ続けて、体が冷え切ってしまったのだろうと思い、その夜はすぐベッドに入った。
雨は一晩中、降り続いていた。
夜明けに近い時間帯に、ぼんやりと目がさめたR子さんは、そんな雨音の中に時々、妙な物音が混ざっているのを聞いた。
それは、人が集団で歩きながら会話をしている時の、ざわついたような音声であった。
ところどころ、人の声だとわかる部分もあった。
しかし、それは特定の年齢や性別ではなく、老若男女の混成のような印象を受けた。
(こんな雨降りの朝方に、団体さんが外を歩いている?)
R子さんは不思議に思いながら、その音声をぼうっと聞いていた。
しばらくその音声は聞こえていたが、やがておとなしくなった雨音が響くだけとなっていった。
朝、マンションの外に出てみると、すでに暑そうな日が照りつけており、昨夜の大雨が嘘のようだった。
朝食を摂ってから、京都の実家にいる母親に電話をかけた。
R子さんの母親は、テレビ中継で送り火を見ていたという。
そんな母親も、送り火の最中にこれだけ激しい雨が降ったことは、今まで記憶にはないと言っていたが、無事に送り火が終わったことは喜んでいた。
R子さんはふと、昨夜の雨の中で聞こえていた、奇妙な人の声について話してみた。
すると、母親はさりげなく、
「それは、大雨で送り火が見えへんようになって、帰れなくなったおしょらいさん(先祖の霊)が、しばらく道で迷ってはったんかもしれへんな」
とつぶやいたそうだ。
今年お迎えしたご先祖様だが、無事に帰っていただけた事だろうか。
また来年も、よろしくお願いします。