午後の遅い時間、買い物帰りに偶然、近所の居酒屋さんの前で、その店のおかあさんと出会う。

 

 思えばここには、もう10年以上顔を出していなかった。

 

 顔を出さなくても、犬の散歩途中のマスターとはたまに顔を合わせていたので、なぜかそれで安心していたのだ。

 

 いつも立ち話程度の会話だったが、それでもマスターの個性的なトークは、相変わらず面白かった。

 

 そのマスターだが、数年前に亡くなったということを聞いているので、久し振りのおかあさんとは、マスターの話はしなかった。

 

「あなた、懐かしいわねぇ。たしか引っ越したんだったわよね」

「ええ、でもまたこの辺に戻ってきたんですよ」

「やっぱり、この辺がいい?」

「はい。なにかちょっと古くさいような感じが好きで」

「あはは、古くさいのは年寄りが多いからじゃないの?」

 

 そういえば、駅前の商店街も高齢者が目立つものなあ。

 お店の人も、買い物客も。

 もちろん、若い人もいるにはいるのだが。

 

「でもね、最近また昔みたいに、若いお客さんが来てくれるようになってね。やっぱり若い人と話をしていると、こっちも気持ちが若返るような気分よ」

 おかあさんが嬉しそうに話した。

 

「あの頃は、あなたみたいな若い人がたくさん来てくれて、うちのお父さんも大はしゃぎでバカなことばかり言ってたわねぇ‥‥‥」

「本当、懐かしいですね」

「また、今度来て下さいな」

「ええ、わかりました。じゃあ、また今度‥‥‥」

 そう言って、おかあさんと別れる。

 

 お店の近くには古刹があり、別れた後で何気なく歩を運んだ。

 

 このお寺は、江戸時代初期に創建されたそうだが、鎌倉時代の碑文にすでにそれ以前から草庵が結ばれていたとあるので、おそらく平安時代から、あるいはそのずっと前から、なにがしかのものがここにあったのではないだろうか。

 

 また、現在は暗渠となっているが、近くには川が流れており、縄文時代、弥生時代の遺跡も出ることから、この周辺にははるか太古から集落が作られ、人が集まっていたのだろうことは容易に推測出来る。

 

 そんなことを思っていると、なにか古代人のざわめきのようなものが、日常の騒音に重なり合って聞こえた気がした。

 そしてその瞬間、一陣の風が吹き、桜の花びらが小さく舞った。