もう松の内も終わる。
昨日あたりから、世の中も通常サイクルに戻ったようだ。
初詣に伺った神社に行ってみた。
あれだけいた参拝客はすでに誰もおらず、ひっそりとした神社の境内があった。
こちらも日常に戻ったわけだ。
御神木のてっぺんでは、カラスが暇そうに鳴いていた。
家に帰り、カレンダーを見て、今日がSくんの命日だった事を思い出した。
Sくんは10代の頃からの友人で、物静かで優しい人物であった。
学校が終わると、自転車でうちに遊びに来ては、黙々とこちらの購読している雑誌や本を読み耽っていた。
映画を観に行ったり、ケント紙にマンガを描いたり、詩や俳句を作ったりして遊んだものだ。
別々の大学に進んでからは、会う機会は減ったが、それでもSくんが帰省する年末年始には顔を合わせていた。
ところがある正月明け、 Sくんの弟さんから電話があり、うちの兄が亡くなりました、とのこと。
弟さんに詳細を聞くと、Sくんはもともと喘息の持病があり、その発作が起きて自分の下宿で亡くなっていたというのだ。
そんな話を聞きながら、遠い耳鳴りを聴いたことをいまでも覚えている。
時は流れても、ある瞬間のことだけは、切り取られたフィルムの一駒のように、記憶の裡にひっそりと存在するようだ。
そんなフィルムの細切れをひとつひとつ繋げて、夏休みの小学校の夜の校庭に野外スクリーンを張り、そこに上映すれば、どんな映画が観れることだろうか、と想像してみた。
そして、一升瓶に残った正月の酒を飲み干した。