11月上旬・・・・ 大分市美術館 にて、今度の 14日 まで行われている。
「THIS IS JAPAN 永遠の日本美術」 展に行ってきました。
東京富士美術館所蔵の日本美術の作品を、数多く展示したこのイベントには、私が行った時は平日にも関わらずに、沢山のお客さん達が訪れて、初めて見る作品から馴染みのあるものまで、皆さん食い入るようにして見ていました。
この展示では、撮影が許されていたので、少しだけそれらを紹介していきたいと思います。
江戸期の 宇和島伊達藩 そうあの 伊達政宗 の子供が治めた土地なのですが、仙台の伊達家7代藩主 伊達重村の娘 順姫 ・・・
順と書いてこれを 「むね」 と読むらしいが、その姫が宇和島の伊達家6代目の藩主に嫁いだ時に、使われていたといわれる駕籠だそうです。
さすが伊達の品だけあって、綺麗ですねぇ~~・・・・・
格子の窓には、薄い透かしが入っていました。 レースの薄いやつみたいな丁度光を取り込むところにあって、そこにもまた何やら模様がはいっていたような・・・・。 直接中を見る事もできない贅沢な造り。
お姫様が乗っていたという駕籠は、柳川藩や土佐藩など・・・・いろんなところで残されているのを見てますが、いつも思うのはこうしたせまっ苦しい駕籠の中に、着物を着てどうやって座り過ごされたのかとした事。 まぁ~昔の人は、小柄だと思うけど、腰が痛くなりそうで・・・・
なんて、現代の私はそんな事を思い見てしまうのです。(笑)
でもまぁ~、昔の婚礼って・・・・
別にこれに乗って、わざわざ仙台から今の愛媛県の宇和島まで、本当に輿入れ行列するわけではなくて、大体は江戸藩邸内の両藩の道のりですから。(笑) 腰が痛くなるほどでもなかったとは思いますが。
宇和島の 竹に雀紋 と 竪三引両紋 (たてみつひきりょうもん) が入った豪華な駕籠は、普段見慣れた駕籠よりもちょっと大きくも見えましたが・・・、中央に置かれていて人々の目を引きつけていました。
展示室に入っていくと、いくつかの大きな屏風が各室内に置かれています。 姫駕籠のある室内にも、源氏物語の世界を描いた屏風絵があって、作者不明なんだけど 「葵の巻」 のハイライトシーンが描かれていて、源氏物語が好きな人にはたまらない作品だと思います。
歴史の中の人物達の話しにも出てくる奈良県吉野村の桜。
その花たちを描いた 吉野山龍田川図屏風 この狩野派の作品。 桜の花以外にも、いくつかの花が描かれていて、これは何の花だろうと見てみるのも楽しいものです。
花や植物が描かれた作品は、他にもいくつかありました。
これは有名な 風神雷神図屛風 ですね。
私は今年テレビ番組でも有名な 「びじゅチューン」 の展覧会でも、こちらの図を使った面白い作品に出会う事がありました。
そこでは図の前に立つと、雷の音や風の音が響いてくるという。
なかなかリアルな体験ができる作品展示でした。(笑)
現在とのコラボですね・・・・。
子供の頃、私はよく家の襖に絵を描いたりする事がありました。
親に怒られた記憶はない程度ですが、あの襖を見ているとついつい描いてみたくなるんですよねぇ~~。(笑)
多分手にしていたのは、クレヨンとかでなくて普通の鉛筆だったと思うけど・・・・ ( ̄m ̄〃)ぷぷっ!
「源平合戦図屏風」 こちらは 海北友雪 といった人の作品です。 思わず近づいて、沢山描かれた武将や兵士たちの姿に、
その表情を覗きたくて見てみたんですが、目にもはっきりとわかる程にちゃんと描かれていて、でもよく見れば皆戦場なのに意外にすまし顔。
中には必死の方もいらしゃると思うけど、このぎゅうぎゅう詰めにもうそれどころではなかったんですかね。(笑)
それでもちゃんと描かれている事で、作者の思いが伝わって来るようです。
日本美術と言うだけに、やはりこちらも外せませんよねぇ~~。(笑)
葛飾北斎 が描く浮世絵は、その独特の色合いと人々を取り巻く生活感が好きなんですよね。
遠近法なども使っていて、代表的なものがここには展示されていて、私が紹介する作品以外にも、沢山見る事ができました。
しかしこの藍色とも言える青い色・・・・、なんか引かれる色だわ。
こちらの右下のなんとも奇妙な絵は、 歌川国芳 の作品で・・・・
寄せ絵 と呼ばれるもので、長たらしい作品名がついた作品なんだが、よく見れば人間の顔の部分を、いろんな姿の人間で組み合わせている事が、ユニークで趣向に富んだ作品だと言われています。
説明によれば、着物の文様からこの人物は、鎌倉時代の武将である
朝比奈義秀 との関係性も取り沙汰されているそうです。
私はね、左上の手前に写る 曽我蕭白 の描いた 亀仙人 さんが可愛いと思って、一目展示を見て好きになりました。(笑)
他にもその後ろに写る 伊東若冲 の 象さん・・・・。 なんとこちらの象さんは、江戸時代あの暴れん坊将軍 吉宗 さんの要請で、長崎から江戸にやって来た象さんのようで、作者がその道中の京都に立ち寄り天皇さんの上覧があった時に、その京都で見たものを元に、迫力ある作品として残したのではと言われているそうです。
実際の展示では、壁に掛けられた長い絵として見る事ができます。
確かに存在感のある大きな象さんでした。(笑)
グッズ売り場でも人気があったみたいですよ。
当時の人が見ると、記憶を辿った絵もこんな風に描かれるのかとしたものだ。
1845年 吉原の遊郭での火災で、災難に遭い仮宅での英票を余儀なくされた模様を描いた作品なんだそうです。
「里すゞめねぐらの仮宿」 と題した作品は、 歌川国芳 の作品です。
何故描かれた人々が、雀の姿をしているのかと言うとね。
天保の改革 によって、役者や遊女に関する絵が禁止された為なんだそうで、国芳は人を雀に見立てて描き、その規制をかいくぐってユーモア溢れる世界を描いたとしたものでした。
天保の改革とは、1841年~43年間のおよそ2年間に行われたもので、財政の引き締めや物価の抑制など、農村の復興の為に人返しの法などを行ったもので、身分を問わずに服装や贅沢な食事などを禁じ。 江戸で長く暮らしている人を除いて、農村から出稼ぎに江戸へ来ている人々に対しても、地方の農村の活性化を望み。
江戸の人口増加が財政悪化の原因として、人返しの法を制定して農村に帰るように命じた。
つまり質素倹約という事も関わっていて、国芳は吉原の絵を描いた時にも、人の姿ではなくて雀の姿で描く事をしたとした事だ。
人を引き付ける役者絵や吉原にも、影響が出た改革だったんだろう。
でもそれが今の私など、逆に可愛い絵だなぁ~って思ってしまうとした事だ。(笑) その絵の背景にある時代を思いながら、見て周る事も1つの手だと思います。
上の方に見えている巻物は、 後三年合戦絵巻 (写) この展示作品らは、東京富士美術館のものなのですが、こちらの巻物は現在では 東京国立博物館 の所蔵となっているそうです。
なので(写)なのでしょうかねぇ~。 そして元々は、播磨の池田家の重宝として伝わったものだそうです。
そして季節の中に咲く沢山の花々や植物。
桔梗や萩・野菊他・・・探せば本当に沢山の草花を見る事ができるのが、 「四季草花図屏風」 といった 俵屋宗雪 (そうせつ) の作といわれるもの。 右下の掛け軸は、 谷文晁 (ぶんちょう) による作品で、 「青緑山水図」 といったもの・・・・
掛け軸もいくつかありましたが、私のお好みの絵をご紹介・・・
画像の中には刀の姿もありますが、この刀は 和泉守兼定 の作で、これ以外にもいくつかの刀のコーナーがありました。
侍 の世界に入る目の前に、 ど~~ん と鎮座していたのが・・
こちらの 島津斉彬 公の甲冑。 遠くからでもかなり存在感がありますが、近寄って見ればこの方は、随分と大柄な方だったんですかね。 とても大きなガタイの良い殿様だったんだとわかります。
島津と言えば・・・・、戦国時代で有名な 島津義弘 ・・・・
そして、戦国武将なのに 猫 を大切にしていた家でもあり、なんと戦場にて猫の目の瞳孔の形で、様々な事を読んでは今でいう占いのような事を、戦に活かしていたという。
何故そんな事を書いたかと言うと、
頭の上の兜の飾りに、猫かなぁ~~てなものが付いていて、なんかこれも 可愛いなぁ~~ って微笑んでしまいました。
でもキツネにも見えるし、イタチにも見える・・・これについの説明はなかったんで、私は猫という事にしておこう。(笑)
思い切り笑っとる? 歯っ・・・見えとるでぇ~~、(笑)
そう言えば、兜の飾りの中に神社でもよく見る 猪目 があるけど、同じ意味合いなのかな? だとしたら猪目は邪気を払うような意味だ。
つまり 魔除け ・・・古くは古墳時代から使われている模様だそうだ。 猪目とはハート形を逆さにした模様。
この兜のベース。 内部の 鉢 といわれるものは、なんと鎌倉時代のものを転用しているんだとか。 そしてこの甲冑自体豪華な造りなんですが、制作当時の状態で各部が揃っているものとしては、とても貴重なものなんだそうです。
大分にとっては、島津は豊後の国を焼き討ちしたくらいの敵なのですが、今はそんな事関係ありません。(笑)
いいものはいいと、素直な気持ちで眺めてみて、その豪華な造り込を見てみるのも勉強になります。
斉彬の頃は、もう戦に行くよりも近代の方が近い人だと思うが、その時代でもこれだけのものを造るだけの威厳が、必要だったんでしょうかねぇ~。
一応説明には、斉彬が着用したと伝えられる大鎧とありました。
サムライ×日本美術では、刀の 鍔 の部分にも注目を浴びせています。 刀の鍔がよく見れるように、斜め下には鏡が置かれていて、
鍔の周りに施された工芸技術もみれるようになっていました。
そこには牡丹の花や蝶などに混ざって、ここにも 猫 の姿がありました。 写真では頭の部分が見ませんが、なんとなく尻尾もわかります。
刀と言えばついその刃の形や文様などに目が行きますが、こうゆうところにも目を向けて見たら、面白いと思いますよ。
隠れたところにも、侍たちのおしゃれが見え隠れ。 ちなみに我が祖国の龍馬さんは、鍔の部分を集める趣味がありました。
数々の鍔を見てみると、確かに集めたくなるようなデザインがある事に気がつきます。
日本の美術品の中には、こうしたものも外せない・・・・。
美しい蒔絵が施された硯箱や生活品。 ヨーロッパに影響を及ぼしたといった作品などもありました。 私は左上の黄色い花の大皿が好きです。 ヨーロッパでも人気があった江戸期の 柿右衛門 と並ぶ日本の代表的な色絵磁器は、 古屋谷様式 の
「色絵菊花文鉢」
こちらの古九谷は主に国内向けの高級食器として作られたそうです。
作品自体は 江戸前期の17世紀のもの・・・・
斬新な色合いもあって、お値段にしたらやっぱりお高いのかしらと、ついつい見てしまいます。(笑)
私は紫色が好きなんですが、なんでだろう・・・・今はこんな風な黄色にも、目が引かれてしまいました。
中にはこんなものもありましたよ。
こちら 天璋院篤姫 の婚礼調度品だそうです。 あの西郷どんらが必死に集めて篤姫の輿入れに協力した品々の中にあったもの。
篤姫の婚礼調度品は、なんと国内でたった 4件 しか確認されていないんだそうです。 紋様の中には葵だけでなくて、江戸城に行く前に入っていた 近衛家 の 抱き牡丹 徳川家の葵ともうひとつの紋である 双葉葵唐草 が施されています。
茶碗をのせる台とありましたが、こんな豪華なものでお茶を飲んでいたんですかね。
一番下の長い絵は、歌川国芳の 「四条畷手の戦い」 ・・・・
楠木正成の息子 正行 の壮絶な討死の場面を描いているんだそうです。 そしてその右上には、空を飛ぶ鳥の高さから見た地上の風景。 鳥瞰図 とされる作品も、国芳の作品として有名なものですね。
この作品も私は好きなんですが、その横の雨の中を急ぐ人々を表した絵も好きなんですよね。 こらは同じ歌川ですが、 広重 の作品です。 降り始めた雨の中を、急いで坂を上る人々の慌てた姿。
「庄野 白雨」 とついていて、庄野とは現在の三重県鈴鹿市の事だそうです。 鈴鹿のどの辺りの坂道なんでしょうか。
白雨と言うだけに、近寄ってみれば細かな線で、降る雨を表しています。 浮世絵の世界では、降る雨でもその降り方を描く線の細さや太さ・・・細かな表現力を使って描いていて、それがとても魅力的だと思っているんです。
ここ3,4年前より、私は旅先でも住んでいる場所でも、よく浮世絵を目にする事が増えました。 そしてよく展示に足を運ぶことがあります。 美術館のロビーでは、どこかの業者さんが印刷されたものや、模写された浮世絵などを売る姿がありました。
その中には、明治時代に多く見られた 錦絵 としたものもあって、お手頃な値段からあったんで、あぁ~欲しいなぁ~~って思ったんですけどね。 だって千円台からあったから・・・・
流石に本物は手にできないけれど、ちょっと部屋に飾ったら渋いと思いませんか?(笑)
次はどうやら市美術館にて、こちらの展示があるようですが・・・・
洋物もいいけれど日本物の作品も、なかなかいいなと思うこの頃です。 また行かねば・・・・
今コロナが少しだけ落ち着いてきて、こうした展示にも足を運ぶ事ができるようになりました。 芸術の秋ももうすぐ終わりそうですが、気分転換に足を運ぶにはいい場所だと思います。
近頃の展示では、動画以外の撮影が許されている事が多くて、こうして紹介できる事を私も嬉しく思います。
一部の注意事項を守りさえすれば、誰でも撮影可能となります。
その代わり人の邪魔にならないようにね・・・・。
こちらの展示もあと数日となりましたが、グッズ売り場にも大勢の人が足を運び。 人気ある展示となっていました。
そう言えばこちらの東京富士美術館の収蔵品以外にも・・・・
最近私はあちこちの美術館で、同館の収蔵品にお目にかかっている気がする。 きっとまだまだ素敵な作品が、収蔵されているんでしょうねぇ~~。
大分市美術館でのこちらの展示は、11月14日までとなっています。