当時私が勤めていた会社の始業時刻に

間に合わないと言う事だったのでした。

 

下記にリブログしておきますが、

何だか最近になって私の1998年に過ごした

日々の事が思い出されて来て、

感慨深いのです。

 

リブログに書いている通り、1998年は4月から

当時私が社内で最も嫌いだったリーダーが

私の上司となり、仕事面で最悪の日々を過ごす事に

なったのですが、冷静に考えてみると3月末以前

にも私は仕事に対しての意欲が著しく低下して

いたのでした。

 

3月末までは私が当時社内で最も好きだった上司の

元で仕事をしていたにも関わらず、私個人の仕事に

対するモチベーションが何故か著しく低下していて、

その流れで4月1日から嫌なリーダーが私の上司に

変わったと言っても良いかも知れません。

 

標題の おそ松君音頭 は、当時朝の時間に

元々は1988年に放映されていたアニメ おそ松君

が再放送されていて、そのエンディングテーマ

として再生されていたのでした。

 

で、おそ松君 の再放送をエンディングまで

当時の私の自宅で見ていた、と言う事は、

勤務先の始業時間に間に合う列車には

乗れないと言う事になるのでした。

 

しかし遅刻をする訳には行かないので、

三宮までは山陽電鉄のS特急に乗車して、

そこでJRの新快速に乗り換えて、

何とか始業時間にギリギリ間に合うように

しかも事務所の地下鉄最寄り駅から

事務所までは小走りで向かって汗だく

で事務所に到着する、と言う事を

していたのでした。

 

1997年10月以降、何故かそれまでは

割と意欲的に仕事に取り組んでいたのに、

だんだんと労働意欲が低下してしまって、

朝起きる時間も遅くなり、

おそ松君音頭 が再生される時間まで

自宅にいてしまうような生活習慣に

なってしまっていたのでした。

 

まあ1998年2月18日に私が通勤で利用

している山陽、阪急、阪神の

ダイヤ大改正でそれまで須磨浦公園まで

乗入れをしていた阪急が新開地までの

乗り入れに変更され、山陽と阪神が

梅田⇔姫路間に直通特急の運転を開始

して、ダイヤパターンが大幅に変更となり、

私の自宅最寄駅については正直な所、

それまでよりも不便になってしまった事も

私が通勤の意欲が低下してしまった要因

の一つである事は間違いありません。

 

その改正までは、自宅最寄駅から梅田まで

座って通勤出来ていた所、ダイヤ改正の

せいで座れる保証がなくなってしまい、

新開地発の阪急に乗る以外は座りにくく

なってしまったと言う事が当時の私にとって

大きな痛手であった事は間違いありません。

 

それもこれも1995年の阪神淡路大震災の

せいなんですけどね。

 

あの震災以降、山陽電鉄の利用者数が減って

しまったこともあって、阪急電車が須磨浦公園

までの乗り入れをやめてしまったのでした。

 

冷静に考えると、震災の2年後に父が逝去して、

その次の年に上記の通り阪急電車の乗入区間が

変更になったりと、28年前の前後はやはり

私にとって悪い事が色々と起こってしまって

いるのです。

 

なのでやはり下記のリブログの通り、

暦が関係していると思わざるを得ないの

です。

 

従いまして1998年の28年後である今年

2026年は私にとって捨て年

(将棋で言う所の捨て駒)

と思って過ごさざるを

得ないのかなあ、と感じています。

 

まだ5月ですが、早く終わって欲しいと思います、

捨て年の2026年、そして28年前の流れが

今回も再度来るのであれば来年2027年も

ロクな年にならない事が予想されるので、

来年1年もさっさと終わって欲しいです。

 

まあ再来年も私が生きていればですが・・・。

 

以下リブログです。