確かそういう名前だった筈なんですねえ、昭和63年の春は。
現在は和田東と言う名に変わっています。
これは神姫バスの停留所名です。
昭和63年の春に私は社会人になりましたが、
その直前の2月や3月はよく川に魚釣りに行っていました。
社会人になって2年目くらいまでは時々行っていたのですが、
3年目になってドラマーとしての活動が忙しくなってしまった為、
魚釣りに行かなくなってしまいました。
養田口停留所は昭和63年の3月頃に明石川へ釣りに行った
帰りに、明石川沿いを歩いて散策していたところ
出くわしたのでしたが、その当時は停留所の前に、
古い茅葺屋根の民家がポツンと一軒建っていて、
それが凄く印象に残っていたのでした。
玄関の戸は障子で、時代劇に出て来るような家で、
今時まだこんな家が残っているのだなあ・・・、と感慨深く
その民家を見ていた事を覚えています。
最近ドライブでその辺りを走る機会が増えて、
今日の午前もその道をドライブしたのですが、
流石にその家はもう跡形もなくなってしまって
いたのでした。
私にしてみれば昭和63年の事が、
そんなに昔に感じないのですが、
冷静に考えてみると、もう33年もの月日が経っていて、
私もあと4年強で定年と言う年齢になってしまった事に
愕然としてしまうのでした。
あの茅葺の民家は跡形もなくなってしまいましたが、
その辺りの風景は今でもそんなに昔と変わりがなく、
だから尚更昭和63年の春にあの場所へ行った事が、
そんなに昔に感じないのかも知れませんね。
何故かあの昭和63年の春の日の事が、
今でも印象深く私の記憶に残っているのです。
あの頃はまだマイカーを持っていなかったので、
バスで往復しましたが、それはそれで私にとっては
楽しい時間だったのでした。
歩いて明石川沿いを散策したからこそ、
当時の養田口停留所の前に建っていた、
古い茅葺屋根の民家を見ることが出来た訳ですからね。
あの古い民家を見た日の思い出は、
私が死ぬ時まで忘れないのかも知れません。